大判例

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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)15528号 判決

原告

富士火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

葛原寛

原告

共栄火災海上保険相互会社

右代表者代表取締役

高木英行

右両名訴訟代理人弁護士

江口保夫

鈴木諭

泉澤博

右両名訴訟復代理人弁護士

戸田信吾

被告

内田好一

右訴訟代理人弁護士

神田洋司

弘中徹

溝辺克己

今井誠一

藤澤秀行

右訴訟復代理人弁護士

井上博之

柴﨑晃一

山下秀策

主文

一  被告は、原告富士火災海上保険株式会社に対し、金一九六万五四七〇円及びこれに対する昭和六三年一月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告共栄火災海上保険相互会社に対し、金一九四万一六七六円及びこれに対する昭和六三年一月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を原告らの負担とし、その余は被告の負担とする。

五  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告富士火災海上保険株式会社に対し、金二〇九万八五二〇円及びこれに対する昭和六三年一月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告共栄火災海上保険相互会社に対し、金二一五万〇九一〇円及びこれに対する昭和六三年一月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告富士火災海上保険株式会社の請求について

(一) 軽部忠志(以下「軽部」という。)は、昭和五七年三月一八日午前七時三〇分ころ、東京都足立区西伊興町五一番七先路上において自家用普通乗用自動車を運転中、白石一吉運転の自家用普通貨物自動車に衝突されて受傷し、被告の経営にかかる足立中央病院(以下「被告病院」という。)において頭部外傷、むち打症及び右胸部挫傷と診断され、同病院に入院し、治療を受けた。

(二) 原告富士火災海上保険株式会社(以下「原告富士」という。)は、軽部に代わって、被告に対し、昭和五七年三月一八日から同年四月三〇日までの治療費名目で二六六万四六九〇円を支払った。

(三) しかしながら、軽部が被告に支払うべき治療費は、後記四2のとおり五六万六一七〇円が相当であるから、被告は、二〇九万八五二〇円を不当に利得している。

2  原告共栄火災海上保険相互会社の請求について

(一) 織田久信(以下「織田」という。)は、昭和五六年三月二六日午後四時二〇分ころ、東京都足立区鹿浜七丁目一三番三先路上において軽自動二輪車を運転中、熊井章策運転の営業用普通貨物自動車に衝突されて受傷し、被告病院においてむち打症及び右上下肢挫傷と診断され、同病院に入院し、治療を受けた。

(二) 原告共栄火災海上保険相互会社(以下「原告共栄」という。)は、織田に代わって、被告に対し、昭和五六年三月二六日から同年七月二一日までの治療費名目で二三五万〇三四〇円を支払った。

(三) しかしながら、織田が被告に支払うべき治療費は、後記四4のとおり一九万九四三〇円が相当であるから、被告は、二一五万〇九一〇円を不当に利得している。

3  よって、原告らは、被告に対し、不当利得返還請求権に基づき、原告富士につき二〇九万八五二〇円及び原告共栄につき二一五万〇九一〇円並びにこれらに対する各履行の請求の日の翌日である昭和六三年一月一九日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による各遅延損害金の各支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、(三)は争い、その余は認める。

2  請求原因2の事実のうち、(三)は争い、その余は認める。

3  不当利得における当事者について

原告らが、軽部ないし織田に代位して被告に弁済することにより、軽部及び織田の被告に対する診療報酬債務の弁済という効果が発生するのであって、原告らに診療報酬弁済の効果が発生するものではない。

したがって、本件診療報酬に関する不当利得の主張は、被告との間で診療報酬の弁済という法的効果の帰属する軽部及び織田のみがなし得るものであって、原告らはなし得ない。

三  抗弁

1  軽部に対する診療

(一) 軽部は、昭和五七年三月一八日、被告との間において、交通事故による傷害の診療を目的とする診療契約を締結し、その際、右契約に基づく診療の報酬については、健康保険診療基準によらず、自費診療として被告の定めるところにより支払う旨の合意をした。

(二) 被告は、右契約に基づき、昭和五七年三月一八日から同年四月三〇日まで軽部を被告病院に入院させ、治療を施した。

(三) この間の治療費は、別紙5及び6中の被告の主張欄記載のとおり、三一五万五〇六〇円である。

2  織田に対する診療

(一) 織田は、昭和五六年三月二六日、被告との間において、交通事故による傷害の治療を目的とする診療契約を締結し、その際、右契約に基づく診療の報酬については、健康保険診療基準によらず、自費診療として被告の定めるところにより支払う旨の合意をした。

(二) 被告は、右契約に基づき、昭和五六年三月二七日から同年四月二九日まで織田を被告病院に入院させ、同年三月二六日及び同年四月三〇日から同年七月二一日まで通院させ、治療を施した。

(三) この間の治療費は、別紙1ないし4中の被告の主張欄記載のとおり、二三五万〇六〇〇円である。

3  治療行為の妥当性の判断基準について

(一) 医師の裁量について

本件においては、原被告間の合意により、診療報酬額が定められており、不当利得が認められるためには、診療の方法が単に合理性、妥当性を欠くというだけでは足りず、著しく逸脱した治療であるとの要件が必要である。また、医師による治療は、その性質上、高度の専門的知識と技術を必要とし、具体的な診療及び治療方法については、すべての面で個人差を有する個々の患者の年齢・健康状態などを考慮に入れ、それらに即応した時機を得た適切妥当な処置が必要である。したがって、すべての患者に対し、画一的に治療及び診療方法が限定的に決定され、その他のものは一切不要であるということはいえず、当該医師の臨床現場における個別の判断にある程度委ねざるを得ない面があるために、その判断にある程度の裁量を認めるべきである。特にむち打症のように、患者の外傷による器質的因子のほか心因的要素の加わる疾病においては、数量的に投薬の是非が判断されるものではないというべきである。右の見地からすると、事後的に医師の治療行為の相当性を判断する場合には、その治療において、単に投薬等の数量的な面で多少妥当性を欠くと判断される内容を含んでいたとしても、それだけを取り上げて医師の治療行為の当不当を判断するのは、正当な態度とはいえず、実際に治療に当たる医師に認められる裁量の範囲を逸脱し著しく妥当性を欠く内容でない限り、依然として当該治療行為は、相当性の範囲内にあると評価すべきものである。

(二) 治療行為の対象となる症状について

医師としては、患者の交通事故と相当因果関係にある傷害のみでなく、たとえ患者の既往症や体質に基づく症状が含まれていたとしても、当然患者の全症状を対象とする治療行為をすべきであって、医師の施す治療の程度及びそれに基づいて患者に請求すべき診療報酬の相当性については、当該患者の全症状を含めて論ずべきである。

したがって、医師としては、患者に対し、その全症状に関する診療報酬請求権を有するのであるから、それが交通事故との相当因果関係を有しない部分を含んでいたとしても、法律上の原因なくして利得したことにはならないというべきである。交通事故との相当因果関係のない部分について保険金で診療報酬の支払がされた場合には、患者と保険会社との間で調整を図るべき問題であって、医師である被告にその返還を求めうる筋合ではない。

4  軽部に対する治療行為の妥当性について

被告が軽部に対して行った治療行為は、あくまで医師の裁量の範囲内であり、著しく合理性妥当性を逸脱したものではない。

(一) 軽部のむち打症の程度について

軽部には、初診時に、右肩から右手にかけてしびれ感があり、神経症状がみられたほか、頸部痛が強く、むち打症としては中程度であった。カルテには神経症状の記載が欠落しているが、患者の主訴は頸部痛であったので神経症状についてはカルテに記載しなかったにすぎない。

また、頸椎においては、生理的前弯が消失し、第三、第四頸椎間及び第四、第五頸椎間の狭小化が、腰椎においては、第四、第五腰椎間の椎間板の狭小化、第一、第二腰椎の軽微な楔状化及び全腰椎体の前上下隅の軽微な鋭角化があり、いずれも加齢による退行変性がみられる。

(二) 薬剤の投与について

(1) トレンタールについて

軽部は、頭部外傷による頭痛が著しく、脳圧も亢進しており、脳浮腫があると診断された。このため、被告は、本薬剤を脳微小循環改善剤により脳細胞の新陳代謝を促進するために使用した。

(2) イサロン、ビセラルジン、トビサネート、グルミンについて

軽部は、来院時から上腹部痛、上腹部不快感等の胃症状を訴えていた。そこで、被告は、イサロンを使用したものの、有効でなかったので、イサロン、トビサネート、ビセラルジンの三剤を使用したが、軽部が胃症状が強く上腹部痛、吐き気を訴え、神経性潰瘍の危険もあったので、グルミンを使用した。また、トレンタール、ボルタレン投与による胃腸障害の副作用の予防としても、本剤の投与が必要であった。

(3) マンニトール、サクシゾンについて

軽部は、頭痛、吐き気を強く訴え、脳圧が初圧一九〇ミリメートル水柱であり、通常人の脳圧が平均一五〇ミリメートル水柱であるのに比し異常に高く、脳圧亢進と判断されたので、被告は、脳圧が正常化されるまで本剤を使用した。しかしながら、本剤の投与にもかかわらず脳圧が降下せず、やむを得ず投与が長期化したのである。

(4) コアキシンについて

軽部の頭部に約五センチメートルの割創があり、創の汚染が著しかった。被告は、創を縫合し、抜糸の後包帯交換を中止した後もその創部が湿潤化し、湿疹状となったので、細菌感染予防のために湿潤がとれるまで本剤を使用した。

(5) パナパップについて

軽部が肩、頸、脳の外傷部位の痛みを訴えるので、被告は湿布処置をした。

(6) メンドンについて

軽部は、頭痛、頸部痛、胸部痛、上腹部痛が続き、漸次精神的に不安定な状態に陥ったので、本剤が使用された。

(7) バラミンについて

軽部が不眠を訴えたので、被告はこれを使用した。

(三) 検査について

(1) 腹部大四レントゲンについて

被告は、軽部の受傷状況から判断して一枚撮影した。

(2) 胃レントゲンについて

軽部は、上腹部痛、吐気を強く訴え、しかも受傷前には胃症状はなかったので、被告は、外傷と関連のある胃症状と考え、レントゲン撮影をした。

2 織田に対する治療行為の妥当性について

被告が織田に対して行った治療行為は、あくまで医師の裁量の範囲内であり、著しく非合理な診療ではない。

(一) 織田のむち打症の程度について

織田は、初診時から頭痛を訴え、また、右肩から右手にかけて痛みを訴え、神経症状がみられたほか、頸部痛による頸椎の可動域制限も存在し、むち打症としては中程度であった。

(二) 薬剤の投与について

(1) ヒデルギンについて

織田は、むち打症と同時に頭部外傷もあり、頭痛を強く訴えたので、本剤が使用された。

(2) ロインについて

織田の脳圧は初圧二一五ミリメートル水柱であり、脳圧亢進があった。被告は、脳末梢血管の血流をよくし、脳神経細胞の新陳代謝を促進し、脳浮腫を除去するために、本剤を使用した。

(3) サクシゾン、マンニトールについて

織田は、頭痛を訴え、脳圧が初圧二一五ミリメートル水柱であり、頭部外傷による脳浮腫が認められ、その後も脳圧亢進が続いたので、本剤が使用された。

(4) オーデス、チトレビーについて

織田は、むち打症とともに頭部外傷があり、しきりと頭痛を訴えるので、被告は脳神経細胞新陳代謝促進のために本剤を使用した。

(5) サブビタンについて

被告は、織田の全身打撲、脳神経、むち打症等の神経障害に対して本剤を使用した。織田は、頸部痛を強く訴え、一週間程度の投与では鎮静化しなかったので、これがやむを得ず長期化した。

(6) ノイロトロピンについて

被告は、織田の右上下肢挫傷に伴う右腕神経痛、坐骨神経痛様疼痛に対して本剤を使用した。織田は、頸部痛を強く訴え、一週間程度の投与では鎮静化しなかったので、これがやむを得ず長期化した。

(7) ネオラミン3B、サリロイチンについて

転倒のとき四肢を強く打ち、このため筋肉痛、神経痛様の疼痛が続いたので、これらが使用された。

(8) VCについて

VC(ビタミンC)は、全身打撲による消耗に対して使用された。

(9) ATPについて

ATPは、むち打症と同時に頭部外傷もあり、頭痛を訴えたので、使用された。

(10) パナパップについて

織田には、両肩、両上腕、右腰、右下腿の打撲部位の疼痛があり、これが持続していたので、本剤が使用された。

(11) セポールについて

織田には、右上肢、右下肢の挫傷があり、これに対して本剤が使用されたが、入院後間もなく気管支炎を併発した。痰咳が多いため、その使用が続けられた。

(12) コアキシンについて

気管支炎がひどいので、本剤が使用された。

(13) メンドンについて

頭痛、頸部痛、胸部痛、上腹部痛が続き、織田は漸次精神的に不安定な状態になったので、本剤が使用された。

(14) ベンザリンについて

本剤は、不眠を訴えたので使用された。

(三) 点滴について

織田は、頸部痛を強く訴え、それが長期間持続したので、その鎮静化のため点滴が行われた。被告は、早期に苦痛を除去するため、薬剤が確実に速やかに体内に注入され、即効性を期待でき、多種類の薬剤を一時的に投入しうる点滴を選択したのである。

マンニトールは、経口投与が不可能であり、点滴によらざるを得ず、また、各種の多数の薬剤をマンニトールに混注すると血管痛が生ずるので、これには混入できなかったため、点滴ブドウ糖液に各種の薬剤を混入して投与された。

かかる状況下で被告は、織田の苦痛が鎮静化するまで点滴を施行したのであるが、一週間程度の点滴ではなかなか鎮静化せず、織田の苦痛度からみて経口投与に切り替えることは非常に難しく、退院時まで続けるべきであると判断したのであり、期間について不合理な点もない。

(四) 検査について

(1) 腹部レントゲンについて

織田は、むち打症、右上下肢だけでなく転倒時に各所を打っていたので、撮影の必要があった。

(2) ルンバール髄液検査について

織田の脳圧は初圧二一五ミリメートル水柱と高く病的であり、また、髄液に出血性変化があるか否かの検討も必要であった。

(3) 心電図検査について

織田は、全身打撲の状況で入院してきたために、心電図の検査が必要であった。

(五) 入院について

織田は、頭痛、頸部痛、右上下肢痛が強く持続し、脳圧も高く入院の必要があった。

6  診療報酬の単価について

(一) 当事者間の合意について

本件において、原告らは、被告との間で、診療報酬として保険金を支払うに際し、自由診療を前提として、一点単価二〇円を基準として計算した額を診療報酬とすることを合意している。

すなわち、支払に至る過程において、被告は、軽部については、昭和五七年三月一八日から同年四月三〇日までの自由診療による治療費合計三一五万五〇六〇円(一点単価三〇円)から原告富士の減額要請によって四九万〇三七〇円を減額した二六六万四六九〇円の支払を受け、その後も軽部の治療を継続したが、同年五月一日から同月二〇日までの治療費の支払を受けておらず、同年五月二一日から同年七月三一日までの治療については原告富士の要請により社会保険に切り替えたのである。また、織田については、自費診療として被告の定めるところにより診療報酬を支払う約定であったので、一点単価三〇円を基準として診療報酬を請求しうるところ、原告共栄の懇請により一点単価二〇円に減額したのである。以上によれば、原告らは、その保険金の支払に際して、診療が自由診療によるもので、報酬額が一点単価二〇円の割合で計算されていることを知りながら、その診療報酬額を相当なものとして承認して支払ったものであるから、原告らと被告との間には、一点単価二〇円の割合で計算した金額を診療報酬額とする旨の合意があったものというべきである。

(二) 一点単価を二〇円ないし三〇円とする診療報酬額の妥当性について

(1) 交通事故医療の特殊性について

交通事故に基づく傷害の治療は、日本医師会の自賠法関係診療に関する意見にもあるように、①重度多発性外傷を伴う緊急救急医療であり、②そのため高度、高額の医療機器を導入し、その維持運営に多額の経費を要すること、③交通事故はいつ発生するか予測がつかず、医師・看護婦を二四時間待機させていなければならないこと等の特殊性を有するものである。

また、日々相当数の交通事故が発生し、それに伴う被害者の数も膨大な数に及ぶ今日の状況下において、それに対応する救急医療体制の整備は、社会において必要不可欠な問題であり、その解決は、本来、医療機関のみに委ねるべき問題ではないが、現状では、各医療機関の負担においてその整備が図られている。右の状況を前提とすれば、他の画一的な診療になじむ傷病を前提とする健保基準の診療報酬では、到底右の目的は達することができない。

このように、交通事故による傷害については、それに対する医療体制や診療内容が他のそれと異ならざるをえないのであり、医療体制の整備についても代替措置は存しないのであるから、その点を無視して単に「国民皆保険」を根拠に他の傷病に対する診療と同じ扱いを求めるのは妥当でない。

(2) 自由診療報酬の妥当性について

医師による治療は、本来その性質上、具体的な診療内容及び治療方法については、個人差を有する個々の患者の年齢・健康状態などを考慮に入れ、それに即応した時機を得た適切妥当な処置が必要なものである。なるほど現在では、健康保険による診療基準が設けられ、傷病の大部分については、右の健保基準による診療で十分な場合が多いであろうが、交通事故に基づく傷害の治療については、前記(1)のような特殊性が存するため、自由診療によるのがほぼ定着した取り扱いとなっている(交通事故医療の健保利用率は、件数上全国平均一五パーセント程度であり、その余は自由診療である。)。また、裁判例の多くは、交通事故の被害者の損害を算定するに当たり、自由診療を前提とし、治療費として保険診療の二倍程度を認めているし、東京における自由診療の平均単価は、健康保険診療の2.48倍である。このように裁判例や保険実務は、交通事故の被傷者に対する治療として自由診療によることを承認し、その治療費として健康保険基準の2.5倍程度までは認めている。

したがって、自由診療に基づく診療報酬を算定するに当たっては、健保基準による必要はなく、一点単価二五円以下を基準とする限り、相当性の範囲内にあるということができ、本件における治療費の算定は妥当である。

7  軽部の治療費に関する和解契約について

被告は、原告富士に対し、軽部の昭和五七年三月一八日から同年四月三〇日までの治療費として、三一五万四七八〇円の請求をしたところ、原告富士代理人犬飼敏明から減額の要請を受け、原被告間で交渉した結果、被告が治療費を二六六万四六九〇円に減額し、原告富士がこれを支払うことで和解契約が成立した。

8  利得が現存しないことについて

不当利得において返還すべき利得は、いわゆる現存利益であって、受益者が利益の取得に関連して支出した費用は、利益の取得と因果関係が認められる限り控除されるべきものである。したがって、仮に、被告の診療が過剰であるとしても、被告は、軽部及び織田のために、早期完治を目的とする医者の使命に基づき、各種の投薬・検査・治療を施し、諸費用を支出したものであるところ、右諸費用は、被告主張の治療費と同額であるから、被告に利得は現存しない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁(軽部に対する診療)の(一)及び(二)の事実のうち、軽部と被告との間において診療契約が締結されたこと及び軽部が昭和五七年三月一八日に被告病院に入院したことは認め、その余は不知。

2  抗弁1の(三)の事実は争う。軽部の支払うべき診療報酬は、別紙5及び6中原告が認める分欄記載のとおり、五六万六一七〇円が相当である。

3  抗弁2(織田に対する診療)の(一)及び(二)の事実のうち、織田と被告との間において診療契約が締結されたこと及び織田が被告病院に昭和五六年三月二六日に通院し、同月二七日から同年四月二九日まで入院したことは認め、その余は不知。

4  抗弁2の(三)の事実は争う。織田の支払うべき診療報酬は、別紙1ないし4中原告が認める分欄記載のとおり、一九万九四三〇円が相当である。

5  抗弁3(治療行為の妥当性の判断基準)について

(一) 医師の裁量について

医師は、医療行為につき、ある程度の裁量権を与えられているが、それは、医師が独自の判断でいかなる診療を行おうと自由であることを意味するものではなく、医学常識又は医学の一般水準の下での制約は免れず、かかる常識又は水準を逸脱するような医療行為は、不当なものというべきである。

国民皆保険の今日、医療機関が社会保険を適用して診療を行う場合は、厚生大臣の定めた保険医療機関及び保険医療養担当規則に従い、診療を行っており、自由診療においても、ほとんどの医療機関は右規則により診療行為をしているのが実情である。

右規則によれば、保険医療機関は、懇切丁寧に医療の給付を担当しなければならず、その給付は、患者の療養上妥当適切なものでなければならないこと(同規則二条一、二項)、保険医の診療は、一般に医師として診療の必要があると認められる疾病又は負傷に対して、適確な診断をもととし、患者の健康の保持増進上妥当適切に行われなければならないこと(一二条)、各種の検査は、診療上必要があると認められる場合に行うこと、投薬は、一剤で足りる場合には一剤を投与し、必要があると認められる場合に二剤以上を投与すること、同一の投薬はみだりに反復せず、症状の経過に応じて投薬の内容を変更する等の考慮をしなければならないこと、注射は、経口投与によって胃腸障害を起こすおそれがあるとき、経口投与をすることができないとき又は経口投与によっては治療の効果を期待することができないとき、特に迅速な治療の効果を期待する必要があるとき、その他注射によらなければ治療の効果を期待することが困難であるときに行うこと、内服薬と注射の併用は、これによって著しく治療の効果を挙げることが明らかな場合又は内服薬の投与だけでは治療の効果を期待することが困難である場合に限って行うこと(二〇条)とされている。そして、右規則は、一般医師の医学常識を基として、医療のあるべき姿を明文化したものであり、自由診療の場合にも当然に右医学常識に従い診療にあたるべきで、これに反する場合には、不当医療行為に該当するというべきである。

(二) 治療行為の対象となる症状について

原告が、被告に対し、損害賠償として診療報酬を支払うべき治療行為の対象となる症状は、交通事故と因果関係のある症状のみである。

6  抗弁4(軽部に対する治療行為の妥当性)について

(一) 軽部のむち打症の程度について

頭部外傷は、軽度の脳震盪症であり、頸部は、自律神経症状も骨傷も軽症である。

カルテの記載には、初診時に意識消失とあるが、これにより初診時に意識障害があったとはいえず、受傷直後に一過性の意識消失があったにすぎない。けだし、初診時に意識障害があれば、カルテに昏迷、傾眠、昏睡等と意識障害の程度、三−九−三方式又は経時的変化を記すのが医学常識であるが、それらの記載がないからである。また、カルテには、受傷後三週間の脳波検査で鋭波の所見があった旨の記載があるが、ベーター波を基調として鋭波が全般に認められるならば、これを境界脳波と判定することは差し支えないものの、かかる境界脳波は、正常者の五ないし一〇パーセントにも出現するので、それが外傷に起因するものか否かを検討する必要があるところ、昭和五七年五月二四日の第二回脳波検査では低電位とのみ記載され、また、同年四月二日に施行したCT検査ではなんら異常所見がなく、正常と判断されているので、軽部の頭部外傷は、軽症というべきである。

(二) 薬剤の投与について

(1) トレンタールについて

本剤の適応症は脳血栓症であって、脳出血がなく、脳震盪症にすぎない軽部には本剤の投与は、不必要であり、かえって胃腸障害の原因となるものである。

被告は、軽部には脳圧亢進があり脳浮腫と判断されたと主張するが、カルテの記載によると、脳圧検査は、昭和五七年三月一九日に一回行われたのみであり、それも初圧一九〇ミリメートル水柱、終圧一五ミリメートル水柱とある。脳圧亢進とは、二〇〇ミリメートル水柱以上をいうのが医学常識であって、右記載によれば、軽部は脳圧亢進に至っていないことが明らかであり、また、一回の検査のみでは長期にわたり使用したことについての理由を付け得ない。

(2) イサロン、ビセラルジン、トビサネート、グルミンについて

初診時からこれらの投与の必要があったというのであれば、本件事故と因果関係のない他の疾患によるものと考えざるを得ない。

トレンタール、ボルタレンの投与による胃腸障害のために投与されたのであれば、その胃腸障害自体がこれらの不必要な長期大量投与により発生したものであるから、本剤の投与も不必要であったというべきである。

(3) マンニトール、サクシゾンについて

マンニトールは、脳挫傷による脳浮腫があった場合に手術までの一時の時間稼ぎに五日間位使用するのが医学常識であって、脳挫傷もなく、前記(1)のとおり脳圧亢進もない本件では、使用の必要性がない。

サクシゾン(副腎皮質ステロイド剤)は、急性過敏症、急性副腎皮質機能不全、ぜんそく重積発作状態各種アレルギー性疾患、慢性リウマチ性疾患等に対するもので、被告主張の症状に対する適応はない。そして、これは、即効性がある反面、副作用があり、その投与量には慎重でなければならないのに、被告は、無計画に長期大量投与しており、軽部には副作用の発生も考えられる。もし、副作用がなかったとすれば、実際は投与していないか、少量のみ投与した医療費の水増し請求の疑いもある。

(4) コアキシンについて

被告は、細菌感染について有効な検査をしていないし、本剤は湿潤化し湿疹状になった場合における薬剤ではない。また、抗生物質は、最大限二週間使用して効果がないと判断されれば、中止するか変更されるべきものである。

(5) パナパップについて

本剤の有効持続時間は一日間あるので、一日に一回患部に貼れば十分であり、一日に二回貼ったからといって特に有効に作用するものではないのに、被告は一日に二回貼りかえるという異常投与をしている。また、冷湿布は、せいぜい一週間で使用を打ち切るのが普通で、それ以降の使用はかえってマイナスに作用し、痛みの原因となるものであるから、炎症が治まってからは温湿布に変更すべきであるのに、被告は長期間冷湿布を継続したのである。

(6) メンドン、バラミンについて

本件外傷とは因果関係がない。

(三) 検査について

(1) 腹部大四レントゲンについて

腎盂撮影にすぎず、本件事故と因果関係がない。

(2) 胃レントゲンについて

カルテには、胃症状の記載はなく、撮影の必要はない。

(3) 髄液測定について

被告は、髄液蛋白含有量から脳損傷と判断したと供述するが、脳に出血がある場合のみならず、神経細胞が崩れる場合にも蛋白は増加することがあるので、必ずその後も再検査をすべきであるのに、その後再検査をしていないのは、理解し難く、実際に蛋白が増加したかも疑わしい。

(4) 脳波検査について

カルテには、昭和五七年四月八日の脳波検査の結果、脳機能低下と脳刺激状態が考えられるとして「ボーダーライン」の記載があるが、もし実際に鋭波がみられるのであれば、異常で病的であるから抗痙攣剤を直ちに投与する必要があり、翌日又は翌々日に再検査が必要であるのに、カルテの記載によれば「再検査三〇日後」とあるのみで、その後同年五月二四日に至るまで再検査も行っていないことからすると、「ボーダーライン」とは単なるオーバーな記載で、被告は、当初から異常でないことを承知していたと推定される。

(四) 牽引療法について

単純な頸椎捻挫の場合には、保存的療法として、固定及び安静が必要であって、牽引療法は、急性期には、かえって悪化の原因となるので、実施してはならないのであるが、被告は、軽部につき急性期であるのに、相反する牽引療法と安静療法を同時に行っており、患者の治癒でなく、被告の収益を目的としている疑いが濃厚である。

7  抗弁5(織田に対する治療行為の妥当性)について

(一) 織田のむち打症の程度について

カルテには、病名欄に「むち打症、右上下肢挫傷」とあり、処方及び処置欄に「右上肢、右腰部、右肘、右頸部、右肩、疼痛」、レー線所見「頭部、頸部、左肩、骨盤、右上腕、右肘、異常」と記載があるのみである。本来、医師が診療にあたる際、症状や病態をできる限り詳細にカルテに記載し、治療方針、治療薬の選択、検査の必要に関して、根拠が明らかにされていなければならないのは医学常識である。ところが、本件カルテは簡単な記載に終始し、症状の具体的内容や検査結果が記載されていないので、織田の症状は、非常に軽い脳震盪とむち打症であると判断せざるを得ない。

(二) 薬剤の投与について

(1) ヒデルギンについて

織田は、軽症の脳震盪及びむち打症であるから、本剤の投与の必要性はない。

(2) ロインについて

前記(1)のとおり。

(3) サクシゾン、マンニトールについて

前記6(二)(3)のとおり。

(4) オーデス、チトレビーについて

カルテの記載によると、五月二一日に頭痛を一回訴えたのみであって、使用の必要性がない。

(5) サブビタンについて

カルテには神経障害についての記載はなく、本剤の使用の必要性がない。また、ビオタミンと薬効が同じであるから併用の必要性がない。

(6) ノイロトロピンについて

カルテには右腕神経痛、坐骨神経痛様疼痛についての記載はなく、本剤の使用の必要性がない。また、ビオタミンと薬効が同じであるから併用の必要性がない。

(7) ネオラミン3B、サリロイチンについて

カルテには神経痛様の疼痛についての記載はなく、本剤の使用の必要性がない。また、ネオラミン3Bは、ビオタミンと薬効が同じであるから併用の必要性がない。

(8) VCについて

ビオタミンと薬効が同じであるから、本剤の併用の必要性がない。

(9) ATPについて

頭部外傷について、カルテにも診断書にも記載がなく、本剤の使用の必要性がない。

(10) パナパップについて

前記6(二)(5)のとおり。

(11) セポールについて

カルテに気管支炎を併発した旨の記載はなく、本剤の使用の必要性はない。また、本件事故と気管支炎とは因果関係がない。

(12) コアキシンについて

前記(11)のとおり。

(13) メンドンについて

カルテに必要性を推認させる記載がなく、本剤の投与の必要性はない。

(14) ベンザリンについて

前記(13)のとおり。また、織田が不眠を訴えたときに頓服として投与すれば足りる薬剤であるにもかかわらず、定時処方として投与していること自体が問題である。

(三) 点滴について

頸椎捻挫、上下肢挫傷に対しては、急性期であろうとも点滴の必要性はなく、また、気管支炎の存在もその理由とならない。マンニトールの投与の必要性がないことは、前記(二)(3)のとおり。

(四) 検査について

(1) 腹部レントゲンについて

腹部レントゲンは、腹圧、触診による圧痛その他腹部臓器損傷があったときに初めて行われるべきところ、織田にはそのような症状はなく、腹部レントゲン撮影の必要性はない。

(2) ルンバール髄液検査について

髄液検査は、患者が脳圧亢進症状を示しているときに実施すべきところ、織田はそのような症状を示しておらず、髄液検査の必要性はない。

(3) 心電図検査について

心電図検査は、患者が心臓の異常、動悸脈拍の異常、聴診上の異常を示している場合に行われるべきであるが、カルテにはそれらの異常の記載がなく、心電図検査の必要性はない。

(五) 入院について

織田の受傷の程度及び症状からすると、入院の必要性のある期間はせいぜい一週間程度である。入院の必要性は、患者の入退院の希望のみによって決定されるべきではなく、医学的に判断すべきものである。にもかかわらず、被告が入院を要する病態であるか否かの判断を怠り、確たる方針もなく類似の治療を継続しているとすれば、医師としての資質を問われる問題である。

むち打症と脳震盪で長期に入院させる必要はなく、織田につき、退院の前日まで種々の治療をして翌日突然退院させたことからみて、入退院の基準自体がおかしいといえる。

8  抗弁6(診療報酬の単価)について

(一) 当事者間の合意について

治療方法及び内容の妥当性、相当性については、診療報酬明細書の記載のみでは資料不足で、カルテ、諸検査表、レントゲン写真及び看護記録等の記載を高度の医学知識を有する者が詳細に検討して初めてこれを判断し得るものである。医学知識に乏しい原告らの社員が、診療報酬明細書のみを見たからといって診療行為の妥当性、相当性を判断し、これを是認するということはあり得ない。

(二) 一点単価を二〇円ないし三〇円とする診療報酬額の妥当性について

(1) 交通事故医療の特殊性について

被告は、交通事故による傷害に対する治療は、重度多発性外傷を伴う緊急救急医療であるため救急医療体制・施設の整備に費用がかかるから、健康保険とは別の料金指標を必要とする旨主張する。しかしながら、救急治療を要する傷害は、交通事故だけでなく、急病、労災事故、自損事故、スポーツ事故、火災事故等様々な態様の事故によって発生している。消防庁の昭和六〇年版救急・救助の現況報告によると、昭和五九年中における全国救急出場件数中交通事故による出場件数は22.7パーセントにすぎず、また、救急患者が搬送された医療機関のうち、救急告示医療機関が72.8パーセント、非告示医療機関が27.2パーセントであり、救急病院のみが救急患者を扱っているわけではない。右の統計からすると、救急医療体制・施設整備の費用は、交通事故よりむしろ他の救急患者のために必要なのである。ところが、交通事故以外の患者は、社会保険により診療を受けており、交通事故患者に対してのみ右費用を負担させるため自由診療として高額な医療費を請求することは、損害賠償の公平の精神に反するものである。

更に、交通事故患者の傷害度について、自動車保険料率算定会医療費調査部の統計によると、傷害度を六段階に分け一番軽い傷害度一度が、頭顔部は81.8パーセント、頸部は99.2パーセント、上肢部は84.6パーセント、下肢部は81.2パーセントであり、大部分が軽度であるといえ、それらの者に対し、医療体制・施設の整備の費用が必要であるからといって、健康保険の二倍を超える医療費を認める合理的理由は見出せない。

(2) 自由診療報酬の妥当性について

健康保険制度が、国民皆保険といわれるまでに普及している今日、誰でも健康保険による治療を受け、医療費も平等に決められた額を支払えばよいことになっている。健康保険の医療費については、療養の給付に関する費用の額は、厚生大臣の定めるところにより請求するとされており、厚生大臣は、中央社会保険医療協議会の諮問を受けてその額を定め、その協議会は支払者側・医師会・公益の代表者で構成されているので、その諮問内容は、公正妥当なものと推定される。まさにこれが通常の医療費であって、交通事故による自由診療といえども加害者に負担させるべき範囲は通常の医療費をもって責任額とすべきである。

ことに交通事故により救急搬入された場合、受傷者は緊急のため医療機関を選ぶ余地もなく、その医療機関の人的・物的体制、評判、医療費の高低等について知る機会もなく、準委任契約といわれる医療契約が締結されるのであるから、通常の医療費が相当な医療費であるというべきである。

なるほど、医療機関が社会保険を適用して診療する場合には、保険医療機関及び保険医療養担当規則に則った医療行為、厚生大臣の定める医薬品の使用という一定の制約があるといえるが、一般災害、労働災害及び交通事故等により受傷し、社会保険による治療を受けたために、症状が悪化し治癒しなかったとか後遺障害が残ったという例はなく、前記のとおり、交通事故患者の大部分は傷害度一度の軽傷であって、社会保険による治療で十分である。

自由診療による診療報酬として健康保険の二倍を認めるとすると、一般に医療機関は薬剤を薬価基準の三割から五割安く仕入れるといわれており、これを患者に仕入額の2.86倍から四倍で販売することとなるから、薬剤料については、他の業種と比較して医師に常識では考えられない高利益を得させることになる。

以上のことからして、自由診療の診療報酬としては、健康保険と同じく一点単価を一〇円とする診療報酬を認めれば足りるというべきである。

なお、健康保険による診療については、租税特別措置法による優遇税制処置があるのに(同法二六条)、自由診療についてはそのような処置がないことを考慮すべきではないかとの意見もあるが、そもそも右法は昭和二九年の国会において当時低く抑えられていた診療報酬の適正化の実現までの暫定措置として定められたものであるところ、この三十数年の間に開業医の経営規模、収入、所得の面での階層分化が急激に進み、相当高額な所得水準に達する開業医も増え、現在、このような高額所得者にも特別の処置を認めることは、むしろ一般勤労者との間に税制上の不公平を生んでいるのが実情であって、自由診療についての医療費の妥当額を決めるについて不公平税制といわれる優遇税制処置を参考とすべきではなく、一点単価を一〇円とすべきである。

9  抗弁7(軽部の治療費に関する和解契約)について

軽部の治療費に関する法律関係の当事者は、被告と軽部であって、原告は、右法律関係の当事者として和解契約を締結する立場になく、被告主張の原被告間の合意が和解契約を構成するものではない。

10  抗弁8(現存利得)について

合理性・妥当性を欠く治療行為についていかに費用を投じようとも、右費用は利得と因果関係を有するものとはいえず、右費用は、現存利益の判断にあたって控除されるべきものではない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1(一)(軽部の受傷)及び(二)(原告富士の支払)並びに2(一)(織田の受傷)及び(二)(原告共栄の支払)の各事実は、当事者間に争いがない。

二不当利得における当事者について

原告らが、被告に対し、軽部や織田の代理人としてではなく、原告らの名において原告ら主張の金員を直接支払ったことにより、軽部や織田でなく原告らに損失が、他方被告に利得がそれぞれ発生し、その間に因果関係が存在することはいうまでもない。ところで、被告に対し、原告富士は、軽部に代わって、昭和五七年三月一八日から同年四月三〇日までの軽部についての診療報酬として、原告共栄は、織田に代わって、昭和五六年三月二六日から同年七月二一日までの織田についての診療報酬として金員をそれぞれ支払ったことは当事者間に争いがなく、被告には、軽部及び織田に対する右各期間の診療報酬請求権の存在する限りにおいて、右各利得を保持する法律上の原因があるというべきである。したがって、原告らが被告に対し支払った金員のうち、右診療報酬請求権を超える部分については、法律上の原因が存しないことに帰し、原告らは、被告に対し、それぞれ不当利得として返還請求をなしうるものというべきである。右判断に反する被告の主張は採用しない。

なお、付言するに、右の説示から明らかなように、原告らが被告に対し軽部ないし織田に係る診療報酬を損害賠償額に限定することなく支払った以上、本件における争点は、被告の軽部及び織田に対する前記期間の診療報酬の額であり、本件事故と相当因果関係を有する軽部及び織田の損害の額ではないこと、したがって、軽部及び織田の被告に支払うべき診療報酬の額についての以下の判断は、軽部及び織田に対する損害賠償の額についての判断とは必ずしも一致しないことに留意すべきである。

三抗弁1(軽部に対する診療)のうち、軽部と被告との間において診療契約が締結されたこと及び軽部が昭和五七年三月一八日に被告の経営にかかる足立中央病院(以下「被告病院」という。)に入院したことは当事者間に争いがなく、また、〈証拠〉によれば、被告が右契約に基づき同年四月三〇日まで軽部を被告病院に入院させ、別紙5及び6中被告の主張欄記載のとおりの内容及び回数の診療行為を施したことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はなく、右記載の診療行為の中に架空の部分が含まれていると認めるに足りる証拠はない。

被告は、診療の報酬について、健康保険診療基準によらず、自費診療として被告の定めるところにより支払う旨を合意したと主張し、被告本人尋問の結果中には、これに副う部分が存するが、右供述部分は、にわかに採用することができず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

四抗弁2(織田に対する診療)のうち、織田と被告との間において診療契約が締結されたこと及び織田が昭和五六年三月二六日に被告病院に通院し、同月二七日から同年四月二九日まで被告病院に入院したことは当事者間に争いがなく、また、〈証拠〉によれば、被告が右契約に基づき同年七月二一日まで織田を被告病院に通院させ、別紙1ないし4中被告の主張欄記載のとおりの内容及び回数の診療行為を施したことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はなく、右記載の診療行為の中に架空の部分が含まれていると認めるに足りる証拠はない。

被告は、診療の報酬について、健康保険診療基準によらず、自費診療として被告の定めるところにより支払う旨を合意したと主張し、被告本人尋問の結果中には、これに副う部分が存するが、右供述部分は、にわかに採用することができず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

五抗弁3(治療行為の妥当性の判断基準)について判断する。

1 医師と患者との間において締結されるいわゆる診療契約は、医師が、善良なる管理者の注意をもって、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準に従い、患者の病的症状の医学的解明をするとともに適切な治療行為を施すことを債務の内容とする準委任契約であり、医師が右委任の趣旨に従った事務処理、すなわち適切な診療を行った場合に、これにつき患者に対する診療報酬請求権が発生するものと解すべきである。そして、右報酬の額については、医師は患者との間において自由に合意することができ、その内容が公序良俗に違反する等の特段の事情の存しない限り、医師は、患者に対し、右合意に基づく報酬額を請求することができるが、報酬の額についてのかかる有効な合意が存しない場合には、裁判所が報酬として、診療行為の内容に即応した相当な額を決定すべきものである。

ところで、医師の施した診療行為の中に、医療水準に照らし必要適切といえず合理性に欠ける部分が存するときには、当該部分は、前記注意義務に違反するものであって、債務の本旨に従った履行とはいえず、医師は、患者に対し、その部分についての報酬を請求しえないものと解すべきであるが、他方、医師の診療行為は、専門的な知識と経験に基づき、個々の患者の個体差を考慮しつつ、刻々と変化する病状に応じて行われるものであるから、特に臨床現場における医師の個別的判断を尊重し、医師に診療についての一定の裁量を認める必要があるというべきである。また、医療水準といっても一義的なものではなく、医学の進歩等に伴い、ある診療行為の有効性・妥当性については、見解の対立が存する場合があるのであって、その見解がいずれも医学界においてある程度共通の認識と理解を得られているものとして医療水準の範囲内にあるといえる限り、そのいずれを採用するかは医師の裁量に委ねられているというべきである。更に、交通事故による受傷や突発的な発作の発生等の緊急の事態においては、患者の症状を完全に把握するための種々の検査の実施あるいは可能な診療方法の選択についての十分な検討のための時間的余裕が与えられないままに、一応の病的状態を推測して迅速かつ適切な処置をとることを要請されることがあるのであるから、その後の臨床経過から事後的にみて、診療行為の中に必ずしも必要不可欠とはいえない部分が存在するとしても、診療当時の状況に照らし、医師の推測が根拠を欠き、不合理であるといえない限り、当該診療行為を不適切なものと断ずべきではない。思うに、医師にこのような裁量と主体性を認めないとすれば、自己への責任追及と負担を避けようとする余り、医師が消極的診療に終始し、医療の萎縮をもたらし、却って適正な診療を期待しえないこととなるおそれすらあるからである。

したがって、医師の施した診療行為が必要適切なものであるか否かを審査するに当たっては、事後的にいかなる診療行為が必要であったかを客観的・一義的に判断し、それ以外の部分を不必要不適切であったとすべきではなく、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準に照らし、診療当時の患者の具体的な状況に基づいて客観的に判断して、適応を有する病状も存在しないのにこれを存在するとして治療するなど当該治療行為が合理性を欠く診断に基づいてなされたものであるとき、あるいは当該治療ないし検査行為が、これを支持する見解が存在しないばかりでなく、独自の先進的療法としてもこれを肯認する余地もなく明らかに合理性を欠くときなど、当該診療行為が医師の有する裁量の範囲を超えたものと認められる場合に限り、必要適切なものとはいえない過剰な診療行為とすべきであると解するのが相当である。

ところで、健康保険法四三条ノ四第一項及び同条ノ六第一項によれば、保険医療機関において診療に従事する保険医は、命令の定めるところにより診療に当たり、また、保険医療機関は、命令の定めるところにより療養の給付を担当するものとされており、厚生大臣は、当該命令として、保険医療機関及び保険医療養担当規則(昭和三二年四月三〇日厚生省令第一五号、甲第六〇号証、以下「療養担当規則」という。)を定めているが、これによると、保険医療機関は、懇切丁寧に療養の給付を担当しなければならず、その給付は、患者の療養上妥当適切なものでなければならないこと(同規則二条一、二項)、保険医の診療は、一般に医師として診療の必要があると認められる疾病又は負傷に対して、適確な診断をもととし、患者の健康の保持増進上妥当適切に行わなければならないこと(一二条)、各種の検査は、診療上必要があると認められる場合に行うこと、投薬は、必要があると認められる場合に行い、治療上一剤で足りる場合には一剤を投与し、必要があると認められる場合に二剤以上を投与すること、同一の投薬は、みだりに反覆せず、症状の経過に応じて投薬の内容を変更する等の考慮をしなければならないこと、注射は、経口投与によって胃腸障害を起こすおそれがあるとき、経口投与をすることができないとき又は経口投与によっては治療の効果を期待することができないとき、特に迅速な治療の効果を期待する必要があるとき、その他注射によらなければ治療の効果を期待することが困難であるときに行うこと、注射と内服薬との併用は、これによって著しく治療の効果を挙げることが明らかな場合又は内服薬の投与だけでは治療の効果を期待することが困難である場合に限って行うこと(二〇条)とされている。また、同法四三条ノ九第四項によれば、保険者は、保険医療機関から療養の給付に関する費用の請求があるときは、右規則に照らしこれを審査した上で支払うこととされている。したがって、医師が、同法四三条ノ四所定の療養の給付として行った診療行為が客観的にみて右規則に適合しないものであるときは、当該診療は、同法所定の療養の給付には該当せず、したがって、これについて保険者から診療報酬の支払を受け得ないものといわなければならない。

しかしながら、鑑定の結果及び証人坪川孝志の証言によれば、右規則に適合しないため保険者から診療報酬の支払を受け得ない診療行為であっても直ちに医学的に妥当性を欠くものとはいえないとする立場もあること、健康保険で認められた薬効以外の作用を目的として薬剤を投与する場合もあることが認められる。また、そもそも保険診療は、国民の福祉の向上に寄与することを目的とするものとして公共性を有し、診療報酬の支払も、国民から徴収された保険料、掛金並びに国庫、地方公共団体及び職員団体の一定の負担金等の限られた財源により充てられるものであることから、療養担当規則に定める療養の必要ないし使用基準等についての厳格な制約が予定されているものである。したがって、右各事実に照らせば、右規則が適切妥当な診療行為の在り方を具体的に明らかにしている面があることは否定し難いとしても、直ちにいわゆる臨床医学の実践における医療水準を定めるものであるということはできず、また、特定の診療行為が、右規則に適合せず、健康保険法所定の療養の給付に該当しないため、保険者から診療報酬の支払を受け得ないものであることをもって、当該診療行為が右水準に照らし不適切なものであるとすることはできない。

2  交通事故による受傷のために入院した患者であっても、医師としては、契約に基づき患者の全症状を対象とする診療行為をすべきである以上、その症状の中に、交通事故とは別の原因により発生したものが含まれる場合であっても、医師は、患者に対し、全症状に対する診療行為についての診療報酬を請求しうることはいうまでもない。したがって、本件において、被告の施した診療行為の中に、交通事故と因果関係を有しない症状に対する部分が含まれているとしても、被告は患者に対し全症状に対する診療行為についての診療報酬を請求しうるものであり、原告らが患者に代わって患者の負担する一定期間の診療報酬債務について、そのうち損害賠償債務の部分に限定することなく、弁済したものである(このことは当事者間に争いがない。)以上、交通事故と因果関係を有しない症状に対する診療行為についての報酬請求権も、原告らと被告との間において利得を保持する法律上の原因となるというべきである。

なお、交通事故と因果関係を有しない症状に対する診療報酬債務についての弁済は、交通事故と因果関係を有する損害とはいえないから、被害者である患者は、交通事故の加害者に対し右弁済に基づく損害賠償を請求することはできず、したがって、保険会社としても被保険者である加害者に代わって被害者である患者に対して損害を賠償すべき義務を負担するものではない。しかしながら、このことは、本件において法律上の原因についての右の判断を左右するものではなく、保険会社が患者に代わって医師に対して支払った診療報酬のうち、交通事故と因果関係を有しない症状に関する部分については、保険会社と患者との間において精算等の調整を図るべきものである。

六抗弁4(軽部に対する治療行為の妥当性)について判断する。

1  軽部のむち打症の程度について

(一)  〈証拠〉によれば、被告は、昭和五七年三月一八日、軽部を診察して、中等度の頭部外傷及びむち打症、右胸部挫傷と診断したことが認められる。そこで、以下、右診断が、診療当時の医療水準に照らし、合理的なものであるか否かを検討する。

(二)  〈証拠〉(これらを合わせて、以下「大野鑑定」という。)によれば、帝京大学医学部教授である鑑定人大野藤吾(以下「大野教授」という。)は、軽部のむち打症の程度については、初診時の所見では神経症状がなく、右側頸部痛のみ存在したことからこれを軽症と、頭部外傷の程度については、一過性の意識障害が存在したこと及び受傷後三週間の脳波検査において鋭波がみられたことからこれを軽症ないし中等症とそれぞれ判定している。

ところで、前掲甲第六号証によれば、診療録には軽部の初診時の状況についての欄に意識消失(BewuBtlos)との記載があることが認められるが、他方、被告本人尋問の結果によれば、軽部は、事故当時、意識を消失したが、数分後覚醒したことが、また、成立に争いのない乙第七号証の一によれば、軽部は、事故の前後の状況をよく記憶していることがそれぞれ認められ、右事実に照らせば、右意識消失は、事故直後の一過性のものにすぎないというべきである。

また、〈証拠〉によれば、被告は、軽部の脳波について、昭和五七年四月八日に第一回目の検査を、同年五月二四日に第二回目の検査をそれぞれ施行したが、被告においてその結果を診断したところ、第一回目については、ベーター波を基調とする鋭波が全般に認められるとし、脳機能低下及び脳刺激状態と考えたところから、境界脳波と判定したこと、第二回目については、低電位振幅がみられるところから、境界脳波と判定したことが認められる。しかしながら、〈証拠〉によれば、脳波検査の結果、鋭波(棘波)がみられるときは、境界というより常に異常と判定すべきで、一か所に固定して認められるときはその部の器質的傷害の存在を疑い、それが外傷に起因するものであるかを検討する必要があり、具体的には一週間以内に再検査をすべきであること、頭部外傷で鋭波がみられることがあるのは、頭部外傷を受けてから一ないし二か月後であり、急性期にはほとんどみられないこと、脳波の判読は、判読者の主観が入り易く、相当の経験が必要であること、原告らが昭和六〇年五月七日、本訴において、脳波検査表の文書提出命令を申し立てたが、被告が保存期間満了により廃棄したと主張したため、脳波検査表の証拠調べによって鋭波を確認することができない状況にあることが認められ、前記のとおり、被告が境界脳波と判定していること、再検査が行われたのは一月半後であること、鋭波がみられたという所見は頭部傷害を受けた三週間後にすぎないことと照らせば、第一回目の脳波検査において鋭波を示す所見が存在したものと認めることはできない。

そして、以上によれば、鑑定人大野藤吾が頭部外傷が軽度ないし中等度であると判断した根拠として挙げる意識障害と脳波検査における鋭波は証拠上認められないことに帰する。

(三)(1)  そこで、更に他の証拠を検討すると、前掲甲第六号証によれば、軽部は、初診時に、頸部痛、右側胸部痛を訴えたが、神経症状は訴えていなかったことが認められる。被告本人尋問の結果中には、軽部は初診時から頭痛及び胃の痛みを訴えていたとする供述部分があるが、前掲甲第六号証によれば、診療録には、頭痛については、昭和五七年三月一八日の欄にその記載がなく、また、胃の痛みについては、同月二〇日の欄に「昨夜より胃がチクチクする」との記載があるのみで、他に胃の痛みを示す記載がないことが認められ、また、〈証拠〉によれば、急性頭部外傷患者の診察に当たっては頭蓋内血腫の有無をまず判断すべきところ、頭痛の部位、性質、程度、増悪・発症因子の有無、吐き気等の随伴症状はその重要な判断根拠のひとつであることが認められ、右の事実及び医師法二四条によりその記載を義務付けられ、具体的な診療経過(特に、診断及び治療の根拠となる患者の経時的変化)を記録するという診療録の性格に照らし、前記供述部分は採用することができず、他に軽部が初診時に頭痛及び胃の痛みを訴えていたと認めるに足りる証拠はない。

(2) 前掲甲第六号証によれば、被告は、初診時に、尿検査、血液検査、心電図測定、頭部、頸部、胸部、腹部、腰部の各レントゲン撮影を施行したが、いずれも異常を示す所見はなかったことが認められる。なお、鑑定嘱託の結果によれば、軽部の頸椎及び腰椎を撮影したレントゲン写真(甲第七号証の一ないし二六)では、「頸椎では、生理由前弯が消失し、第三、第四頸椎間及び第四、第五頸椎間の椎間板の狭小化がみられる。腰椎では第四、第五腰椎間の椎間板の狭小化、第一、第二腰椎の軽微な楔状化及び全腰椎椎体の前上、下隅の軽微な鋭角化がみられる。」が、「以上の頸椎腰椎の変化はいずれも加齢による退行変性」と判断され、軽部には何らの骨傷も生じていないことが認められる。

また、前掲甲第六、第四〇号証によれば、頭部CTスキャン検査は、一定の特性と診断限界を有するものの、頭蓋内器質性病変に対する診断価値がきわめて高いとされるところ、被告が昭和五七年四月二日に施行した頭部CTスキャン検査では何ら異常を示す所見はなかったことが認められる。

(3) 他方、前掲甲第六号証によれば、被告は、昭和五七年三月一九日、腰椎穿刺を施行し、髄液検査と髄液圧測定を行ったが、その結果は、髄液圧が一九〇ミリメートル水柱であり、髄液中の蛋白含量が一デシリットル当たり五四ミリグラム、糖含量が一デシリットル当たり一三四ミリグラムであったことが認められ、被告本人尋問の結果によれば、被告は、昭和三三年から同四〇年まで東京医科歯科大学第二外科に在籍したが、当時同大学で、髄液圧は一五〇ミリメートル水柱を正常値とし、プラスマイナス二〇ミリメートル水柱を許容範囲とする教育を受け、専らこの知識に基いて、軽部についての髄液圧測定の結果が一九〇ミリメートル水柱であることから脳圧亢進が発生していると判断し、また、髄液中の蛋白及び糖定量の数値から脳に損傷が発生していると判断して、結局、頭部外傷による脳浮腫と診断したことが認められる。

なるほど、前掲甲第四〇号証によれば、脳圧の上昇は、頭蓋内器質性疾患又は二次的脳浮腫の存在を疑わせ、血性髄液は、頭蓋内出血性病変の診断根拠となることが認められる。しかしながら、〈証拠〉によれば、本件診療当時の医療水準に照らせば、髄液圧は二〇〇ミリメートル水柱までは正常範囲とされており、軽部の髄液圧が一九〇ミリメートル水柱であるからといって脳圧亢進が発生しているとはいえないこと、軽部は昭和五七年三月一九日以降頭痛を訴えているが、単純な頸椎捻挫であっても頭痛は多く存在し、頭痛のみをもって脳圧亢進と判断することはできず、他に吐き気、嘔吐等脳圧亢進を示す症状はみられないこと、脳圧亢進による頭痛であれば、立位やマンニトール投与後にこれが軽減するのが常であるのに対し、診療録にはその旨の記載はなく、他にかかる事情も窺われないこと、蛋白含量は一デシリットル当たり四〇ミリグラムまでが正常値とされているところ、検査の結果は一デシリットル当たり五四ミリグラムであるから正常値を超えるものの、まだ正常範囲内での増え方といえること、血性髄液を示す検査結果が存在するとしても、穿刺時の人為的損傷による血性髄液もあり、このことがしばしば診断を混乱させることがあるから、他に脳に器質的損傷を示す所見がないのに血性髄液を示す検査結果が生じたときは、直ちに再検査を施行して真に頭蓋内出血性病変による血性髄液であるか確認する必要があるのに、これを行っておらず、被告が次に髄液検査を施行したのは昭和五七年六月二二日で、その結果は、蛋白含量が一デシリットル当たり二二ミリグラム、糖含量が一デシリットル当たり五五ミリグラムであったことが認められる。したがって、右の各事実に照らせば、頭部外傷による脳浮腫との被告の前記診断は、合理性を欠くものといわざるをえない。

(四)  以上のとおりの初診時の軽部の状況、諸検査の結果、〈証拠〉を総合すれば、本件診療当時の診療水準においては、軽部の傷害は、脳震盪、軽度のむち打症、胸部打撲、側頭皮切創と診断するのが合理的であったと認められる。

2  薬剤の投与について

(一)  トレンタールについて

(1) 大野鑑定によれば、大野教授は、本剤の作用として、脳血流の増加、脳浮腫発生の軽減があり、本件においては、脳震盪により脳神経に対する影響が疑われたことから、本剤の使用が不要であったとはいえないと判断している。

また、証人坪川孝志の証言(以下「坪川証言」という。)によれば、日本大学医学部教授坪川孝志(以下「坪川教授」という。)は、本剤には胃腸障害の副作用があるので、脳震盪には使用しない方がよいが、急性期に三、四日使用することもやむを得ないと判断している。

確かに、〈証拠〉によれば、日本医薬品集では、トレンタールは、微小循環改善剤として脳血栓に基づく後遺症の改善に適応を有するとされていること、したがって、防衛医科大学校助教授岡田芳明(以下「岡田助教授」という。)は、脳血栓が存在しない本件においては適応がないと判断していることが認められるが、右のとおり、脳震盪の症例である本件において、トレンタールの使用を肯定する意見もあることにかんがみれば、本件でトレンタールの投与それ自体をもって、診療水準に照らし、明らかに合理性を欠くものとすることはできない。

(2) しかし、他方、前掲甲第六号証によれば、軽部は、昭和五七年三月二〇日に胃の痛みを訴えていることが認められるところ、前掲甲第八号証によれば、日本医薬品集では、トレンタールは、胃腸症状が発現した場合には、減量又は休薬すべきであるとされていることが認められ、また、大野鑑定によれば、大野教授も、トレンタールで胃腸障害が生じた場合は、同じ効力のある他剤に変更することが多く、胃腸障害に対する薬剤を増量してまで本剤を投与し続ける必然性はないと判断しており、これらの点及び坪川教授の前記見解にかんがみれば、同月二一日以降のトレンタール(別紙5、6の被告の主張欄記載分から別紙5の当裁判所の判断欄記載分を控除した分)の投与は、明らかに合理性を欠き裁量の範囲を超えたものといわざるをえない。

(二)  イサロン、ビセラルジン、トビサネート、グルミンについて

(1) 前掲甲第六号証によれば、診療録中には、軽部が胃の痛みを訴えたことについて、昭和五七年三月二〇日の前記欄以外に、初診時から同年四月三〇日に至るまでその旨の記載がないこと、〈証拠〉によれば、看護記録中にも、胃の痛みについて、同年三月二六日の欄以外に、初診時から同年四月三〇日に至るまでその旨の記載がないことが認められ、右事実及び前記診療録の性格に照らすと、軽部は、同年三月二〇日、二六日のみ胃痛を訴え、その他の日は胃の痛みを訴えたことがないものと推認される。また、前掲甲第六号証によれば、診療録には、軽部の胃症状が強く、神経性の潰瘍の存在を疑わせる所見の記載はないことが認められ、右事実及び前記診療録の性格に照らすと、軽部に神経性潰瘍を疑わせる所見はなかったものと認められる。右認定に反する被告本人尋問の結果は、採用しない。

(2) 前掲甲第八号証によれば、日本医薬品集では、イサロンは、消化性潰瘍治療剤として胃潰瘍、十二指腸潰瘍及び胃炎における自覚症状及び他覚所見の改善に適応を有するものとされていること、ビセラルジンは、鎮けい剤として、胃・十二指腸潰瘍、胃炎、十二指腸炎等に伴う平滑筋のけいれん寛解に適応を有するものとされていること、トビサネートは、神経性胃腸疾患治療剤として胃腸神経症状を伴う慢性胃腸疾患に適応を有するものとされていること、グルミンは、潰瘍治療剤として胃潰瘍及び十二指腸潰瘍における自覚症状及び他覚所見の改善に適応を有するものとされていることがそれぞれ認められる。また、前掲甲第一五号証によれば、岡田助教授は、鎮痛消炎剤ボルタレンの投与によって胃腸障害を来し易いことは周知の事実であり、これに対し胃腸薬を予防的に投与することは認められるが、グルミンは胃潰瘍及び十二指腸潰瘍のみが適応であること、ビセラルジンは鎮けい剤で胃腸障害を予防する薬として認められていないことから、予防的投与としてはイサロン及びトビサネートのみ効果的であると判断していることが認められ、坪川証言によれば、坪川教授も、同様の見解であることが認められる。大野鑑定によれば、大野教授は、ボルタレンの投与による胃腸障害に対する予防としてイサロンの投与を認め、胃腸障害が発生したときは、胃腸障害の少ない同様の薬に変更すべきで、ボルタレンの投与を継続しつつ胃腸薬の投与を増すのは、予防的投与としては多量すぎると判断している。

(3) 右認定にかかる各薬剤の適応並びに軽部が昭和五七年三月二〇日、二六日に胃の痛みを訴えたこと、ボルタレンの投与の妥当性については当事者間に争いがないこと及び各教授らの見解に照らせば、イサロン及びトビサネートの投与をもって明らかに合理性を欠くものとすることはできないが、ビセラルジン及びグルミン(別紙5、6の被告の主張欄記載分)の投与は、その根拠に乏しく、明らかに合理性を欠き裁量の範囲を超えたものといわざるをえない。

(三)  マンニトールについて

(1) 軽部には、初診時から、脳圧亢進の症状はなく、脳浮腫は生じていないことは、前記1認定のとおりである。

これに対し、前掲甲第六号証によれば、被告は、昭和五七年三月一九日に腰椎穿刺を施行し第一回目の髄液圧測定を行ったところ、髄液圧は一九〇ミリメートル水柱であったこと、同年五月二一日に腰椎穿刺を施行し第二回目の髄液圧測定を行ったところ、髄液圧は一四〇ミリメートル水柱であったこと、被告は、軽部に対し、同年三月一八日の初診時から、右各髄液圧測定の前後を通じ、継続的にマンニトールを投与していることが認められる。

(2) ところで、前掲甲第八号証によれば、日本医薬品集では、マンニトールは、脳圧降下剤及び利尿剤として、脳圧降下及び脳容積の縮小を必要とする場合等に適応を有するとされていることが認められる。

また、〈証拠〉によれば、岡田助教授は、マンニトールは、近年では、開頭手術に際して手術操作を容易にするため、あるいは切迫した天幕ヘルニアの状態に対して一時的に脳容積の縮小をはかるために専ら使用するのが常識となっているから、本件において使用の必要性はないと判断していることが認められる。

更に、〈証拠〉によれば、一般に、マンニトールは、脳腫脹、脳浮腫に対して、水分を排除する目的で使用するもので、重症脳損傷時にも急性期に一、二週間投与するのを原則とすること、頸部捻挫症候群と経年性椎間板症に本剤を投与し続けることは、脱水ないしは血液濃縮が発生し、かつ、無機物質の変化を招来し、頭痛のみならず腎障害を合併する可能性さえあり、ときには症状悪化につながること、更に、被告は、軽部に五パーセントブドウ糖を投与している(このことは前掲甲第六号証によって認められる。)が、五パーセントブドウ糖は、血液の浸透圧を少なくとも脳において減少させ、脳細胞の水分量を増加させる作用を有するのであり、マンニトールと五パーセントブドウ糖を同時に投与することは、脱水作用と貯水作用といった相矛盾する作用を有する薬剤を投与することにほかならないことから、坪川教授は、軽部のごとく、意識正常で神経症状を全く認めない例でのマンニトールの単独注入による口渇、血管痛などの訴えを防止するため五パーセントブドウ糖を投与することは、医学的知識の濫用によるものとしかいえず、軽部に対する本件のマンニトールの投与は、不必要な治療であるのみならず、精神的ないしは自律神経変調的な因子の加味し易いむち打症の治癒を遷延し、かつ、生体への悪影響を発生させるものである旨判断している。

(3) これに対し、大野鑑定によれば、大野教授は、本症例では、意識障害が受傷時にあったので、当然脳・脳幹・脊髄の浮腫発生の可能性が考えられるから、本剤は、脳圧を測定せずとも投与されるのが常識であり、ただ通常、実際の脳圧亢進に伴う症状がない限り、受傷後一週間以上にわたり投与するのは無意味であると判断している。

(4) しかしながら、軽部には、意識障害は存在せず、一過性の意識消失にすぎないことは、前記1の認定のとおりであり、大野教授の見解は、軽部については、前提を欠くものといわなければならない。また、前認定のとおり、被告は、初診時からマンニトールを投与しているところ、約二か月後に第二回目の髄液圧測定をするまで浮腫発生の有無を確認することなく漫然と投与を継続していること、第二回目の髄液圧測定では、被告の主張する基準によっても正常範囲となる結果が得られたにもかかわらず、その後も漫然と投与を継続していることに照らせば、被告が脳・脳幹・脊髄の浮腫の発生の可能性を考慮して本剤を投与したものと認めることはできない。更に、被告が本剤と同時に貯水作用を持つ五パーセントブドウ糖を投与しており、これにより脱水作用を有する本剤の投与は無意味なものとなっていることは前記のとおりであって、この点に照らせば、脳・脳幹・脊髄の浮腫の発生の可能性を考慮して本剤を投与することがありうるとしても、本件においては、かかる考慮があったとして本剤の投与に根拠があるとすることはできない。以上の認定に反する被告本人尋問の結果は、採用しない。

したがって、マンニトール(別紙5、6の被告の主張欄記載分)の投与は、その根拠がなく、明らかに合理性を欠き裁量の範囲を超えたものといわざるをえない。

(四)  サクシゾンについて

(1) 〈証拠〉によれば、被告は、軽部に対し、昭和五七年三月一八日から同月二〇日までは一日当たり九〇〇ミリグラム、同月二一日から同月二三日までは一日当たり六〇〇ミリグラム、同月二四日から同月二七日までは一日当たり三〇〇ミリグラム、同月二八日から同年七月一八日までは一日当たり一〇〇ミリグラム合計一六八〇〇ミリグラムのサクシゾンを投与したことが認められる。

(2) 〈証拠〉によれば、東京慈恵会医科大学教授伊丹康人(以下「伊丹教授」という。)らは、むち打症の急性期の治療にあたって、頸椎後部、特に椎間孔周辺のうっ血、出血等を早急に消退せしめ、また、同部の瘢痕形成を防止する意味で、副腎皮質ホルモンを投与するが、これがプレドニゾロンの場合は一日二〇ミリグラム、漸減して五ミリグラム維持量とし、約二週間前後維持するのが相当との見解を有することが認められ、また、プレドニゾロン五ミリグラムの等価作用量は、サクシゾンの場合二〇ミリグラムであることが認められる。また、大野鑑定によれば、大野教授も、頭部外傷の症例において脳・脳幹・脊髄の浮腫発生の可能性を考慮して一週間程度投与することは妥当であると判断している。

(3) 確かに、前掲甲第八号証によれば、日本医薬品集では、サクシゾンは、水溶性副腎皮質ホルモンとして各種ショック及びショック状態における救急時に適応を有するとされていることが認められるところ、前掲甲第一五、第五五号証によれば、岡田助教授は、本件の頭部外傷は脳震盪であるから、サクシゾンの投与は必要でなく、仮に脳浮腫が存在したとしても、サクシゾンには、脳浮腫の治療・予防に関し適応が認められていないし、初診時に臨床症状から判断して投与したとしても、翌日以降投与する必要はなかったとの見解であることが認められ、また、坪川証言によれば、坪川教授も、同様の見解を有する。

しかしながら、前記のとおり、むち打症の急性期の治療にあたり、副腎皮質ホルモンの投与を肯定する見解もあることにかんがみれば、サクシゾンの投与自体をもって明らかに合理性を欠くものとすることはできない。

(4) 他方、〈証拠〉によれば、副腎皮質ホルモンの主要な副作用として、①感染症、②消化管合併症、③糖尿病、④急性副腎不全等があり、大量投与による副作用の発現率も高く、中には死亡等の重篤な結果に至るものも少なくないこと、一般にサクシゾンの一日当たりの投与量は初期で一〇〇ないし二〇〇ミリグラムであることが認められる。

また、厚生大臣は、前記療養担当規則二〇条八号トに基づく定めとして、「副腎皮質ホルモン、副腎皮質刺戟ホルモン及び性腺刺戟ホルモンの使用基準」(昭和三七年九月二四日保発第四二号各都道府県知事宛厚生省保険局長通知、甲第四二号証)を定めているが、これによると、「本剤は、その非特異的薬理作用による効果を期待して投与される場合が多い。従って、他の一般療法によって十分に治療効果が期待できる場合には、初めから本剤は使用しない。一般療法が無効な場合、あるいはそれのみで十分に治療効果が認められない場合に本剤を使用すべきものである。」「また本剤はしばしば副作用を伴うものであるから、……全身的使用を必要とする場合には常に副作用の出現に対し十分な配慮と監視を行うとともに、なるべく少量短期間使用ですむように努め、長期使用の止むをえない時にも他の療法を併用して常に減量するよう、またできれば中止するように努むべきである。」、脳浮腫に対する副腎皮質ホルモンの標準的な投与量は、一日当たりプレドニゾロンとして二〇ないし四〇ミリグラムであり、標準的投与期間は、急性期のみであるとされている。

(5) 右の事実及び前記副腎皮質ホルモンの投与を肯定する見解も、サクシゾンに換算して八〇ミリグラムから漸減して二〇ミリグラムを二週間投与すべきとするにとどまることにかんがみれば、被告の行った長期にわたるサクシゾンの大量投与は異常であって、初期の一日当たりの一般的投与量として最も多い一日当たり二〇〇ミリグラム、期間にして二週間を超える部分(別紙5、6の被告の主張欄記載分から別紙5の当裁判所の判断欄記載分を控除した分)の投与は、いずれも明らかに合理性を欠き、裁量の範囲を超えたものといわざるをえない。

(五)  コアキシンについて

(1) 前掲甲第八号証によれば、日本医薬品集では、コアキシンは、セファロスポリン系抗生物質として創傷等に適応を有する注射用薬剤であることが認められる。

大野鑑定によれば、大野教授は、本症例では、頭頂部の切創に対し処置が六回施行されているが、それ以後は創が治癒したものといえるので、本剤の投与はせいぜい一週間以内が妥当と判断しており、また、坪川証言によれば、坪川教授は、三日程度の投与は妥当と判断している。

他方、前掲甲第一五号証によれば、岡田助教授は、一般に頭部・顔面の創は化膿することが少なく、本症例は約五センチメートルの創と比較的小さく、かつ車内での受傷で土壌等による汚染がないと判断されるので、抗生剤は用いるとしても経口投与で十分であり本剤の使用の必要性はないと判断していることが認められる。しかしながら、本剤の投与を肯定する前記見解にかんがみれば、本剤の投与自体をもって明らかに合理性を欠くものということはできない。

(2) もっとも、〈証拠〉によれば、抗生物質は、一般的には、経口投与可能な疾患では、経口剤をまず使用するのが原則とされていること、注射剤は、経口剤に比して、投与方法あるいは体内への吸収がより確実ではあるが、一般的には尿中からの排泄も早く、持続性に乏しいこと、また、点滴静注をするには、常用量よりも多く使用しなければならず、それだけに副作用もありうることから、漫然とした点滴静注はむしろ避けるべきであるとされていることが認められる。また、前掲甲第六号証及び被告本人尋問の結果によれば、頭部切創に対する包交(包帯交換をいう。)がなされた後、昭和五七年三月二五日に抜糸が行われていることが認められ、右事実によれば、頭部切創は右同日までに治癒したものと推認される。右の各事実及び本剤の投与を肯定する見解にしても、右投与はせいぜい一週間に限っていることを勘案すれば、昭和五七年三月二六日以降の本剤(別紙5、6の被告の主張欄記載分から別紙5の当裁判所の判断欄記載分を控除した分)の投与は、その根拠がなく、明らかに合理性を欠き、裁量の範囲を超えるものといわざるをえない。

(3) これに対し、被告本人尋問の結果中には、包交終了後も創部の湿潤状態が続き、細菌感染があるものと判断して本剤を使用したとする供述部分がある。なるほど、大野鑑定によれば、抗生物質を投与して創が治癒する過程で一時的に湿潤状態となることがあり、その創から出る膿を培養する方法で細菌が確認され、それが長期に亘る場合は、右抗生物質を三ないし四週間投与することもありうることが認められる。

しかしながら、前掲甲第六号証によれば、診療録には、頭部切創の湿潤状態についての記載がないことが認められ、また、被告本人尋問の結果によれば、コアキシンの投与以外に湿潤状態となったという頭部切創に対する診療はされていないことが認められ、右の事実及び前記診療録の性格に照らし、前記供述部分は採用することができず、他に頭部切創の湿潤状態が続いていたことを認めるに足りる証拠はない。また、仮に、湿潤状態が続いていたとしても、前掲甲第六号証によれば、湿潤状態となったという頭部切創の細菌感染についての検査も行われていないため細菌は確認されていないことが認められ、前掲甲第五五号証によれば、岡田助教授は、細菌に感染し化膿した表皮剥脱の中央部で、縫合された創のみが順調に一期癒合を営むことはあり得ないから、細菌に感染していたとは考え難い旨、細菌に感染していなくても、湿潤状態が続くものとして、消毒剤や軟膏などによる接触性皮膚炎浸出液による自己感作性皮膚炎等が考えられ、軽部に湿潤状態が続いていたとすれば、これにかかっていた可能性が高いが、これらに抗生剤は必要なく、適切な診療で比較的容易に治癒するものである旨判断していることが認められ、この点でも本剤を継続して投与する根拠は認められない。

(六)  パナパップについて

前掲甲第八号証によれば、日本医薬品集では、パナパップは、消炎・鎮痛剤として打撲、捻挫、神経痛等の消炎・鎮痛に適応を有し、その用法として一日一回患部に貼るべきものとされていることが認められる。

大野鑑定によれば、大野教授は、冷湿布は、通常、打撲・捻挫に対しては受傷後一週間くらいが妥当で、その後は温熱療法に変更するのが一般的であるが、患者が気持ちよいので継続使用を希望することがあり、また、痛みに対しては含有薬剤による消炎鎮痛作用があって必ずしもマイナスにならないことから、例外的に、不定愁訴の多いむち打症に対し、それ以降でも、本剤を長期的に投与する場合もありうると判断しているが、他方、本剤を漫然と長期に投与することによって診療に対する逆作用や副作用はないものの、一週間以上使用する必要性もないとの見解も有している。

前掲甲第一四号証によれば、竹内助教授は、湿布薬に含まれるハッカ剤、放熱作用がもたらす快適さから患者はほとんど例外なく湿布の継続を求めるが、このことと湿布剤が傷害の治癒を促進するかどうかは全く別問題であり、患者が希望するから与えるという論拠は医学的に明らかな誤りであると判断していることが認められ、また、坪川証言によれば、坪川教授も同様の見解である。

もっとも、被告本人尋問の結果によれば、軽部が本剤の投与を希望したことはなく、被告は、軽部が痛みを訴えたので本剤を投与したものであることが認められ、本件においては患者が希望した場合に本剤を投与することの妥当性は問題とはならない。

以上によれば、受傷後一週間以内の一日一回の投与の範囲内で合理性があり、これを超える部分(別紙5、6の被告の主張欄記載分から別紙5の当裁判所の判断欄記載分を控除した分)の投与については、投与の必要性が認められず、なんら投与の根拠がなく、明らかに合理性を欠き、裁量の範囲を超えるものといわざるをえない。

(七)  メンドン、バラミンについて

(1) 前掲甲第八号証によれば、日本医薬品集では、メンドンは、抗不安剤として神経症における不安・緊張・焦躁・抑うつに適応を有するものとされ、バラミンは、非バルビツール系催眠剤として不眠症に適応を有するものとされていることが認められる。

大野鑑定によれば、大野教授は、本剤の投与は、患者が不眠を訴えたり、不安状態にあるときは随時投与することがあり、被告による本件投与は、何ら妥当性を欠くものではないと判断している。

(2) 他方、前掲甲第一四号証によれば、竹内助教授は、本剤は、一般に不眠等を訴えれば、その都度頓服として投与されるべきであり、本件において定時処方として投与されているのは薬剤使用上問題があると判断していることが認められ、また、坪川証言によれば、坪川教授も、同様の見解である。

更に、〈証拠〉によれば、昭和大学医学部教授渡邊富雄(以下「渡辺教授」という。)は、むち打症に対し当初から精神安定剤を投与することは薬剤への依存性を招きやすいとの見解を有することが認められる。

(3) 被告本人尋問の結果中には、軽部が精神的に不安定な状態が非常に強く、毎晩のように不眠を訴えていたとする供述部分があるが、前掲甲第六号証によれば、診療録のうち昭和五七年四月三〇日までの欄には、軽部が精神的に不安定な状態になったこと及び不眠を訴えたことを窺わせる記載はないことが認められ、また、前掲甲第七号証によれば、看護記録のうち同日までの欄には、同年三月二三日、同年四月一二日、二四日、二七日及び三〇日の各欄に不眠を訴えた旨の記載があるほか、他に精神的に不安定な状態になったこと及び不眠を訴えたことを窺わせる記載はないことが認められ、前記の診療録及び看護記録の性格に照らすと、被告の前記供述部分は採用することができない。以上によれば、軽部は、同年三月二三日、同年四月一二日、二四日、二七日及び三〇日の合計五日間について不眠を訴えたことは認められるが、精神的に不安定な状態になったこと及び右の五日間以外に不眠を訴えたことを認めるに足りる証拠はない。

そして、前掲甲第六号証によれば、被告が、軽部に対し、バラミンを投与したのは、同年四月一五日ないし一八日(投与の合理性について争いがない同月二二日の頓服を除く。)であることが認められるから、バラミンの投与時には、軽部が不眠を訴えていたとは認められないことに帰する。

(4) 右認定のとおり、メンドン及びバラミンの投与時に、軽部が、精神的に不安定な状態にあったり、不眠を訴えたとは認められないこと及び前記各教授らの見解(大野教授の見解も、患者が精神的に不安定な状態になったり、不眠を訴えたときに本剤の投与を認めるものであり、その可能性があることによる予防的な投与を認めるものではない。)に照らせば、メンドン及びバラミン(別紙6の被告の主張欄記載分から当裁判所の判断欄記載分を控除したもの。なお、原告が認める分を考慮。)の投与は、その根拠がなく、明らかに合理性を欠き、裁量の範囲を超えるものといわざるをえない。

3  腹部大四レントゲン、胃レントゲン撮影について

〈証拠〉によれば、被告は、初診時に腹部大四レントゲン撮影を施行し、昭和五七年三月二六日に胃レントゲン撮影を施行していることが認められる。

また、軽部が同月二〇日、二六日に胃の痛みを訴えたことは、前記2(二)の認定のとおりである。

大野鑑定によれば、大野教授は、疑わしい症状があれば、すべて調べる必要があるので、可能性から判断した本検査が不必要とはいい難く、胃腸障害は、薬剤による可能性があるが、事故というストレスにより胃腸障害が増大した可能性は否定できないと判断している。

前掲甲第一五号証によれば、岡田助教授は、初診時、腹部大四レントゲン一枚の撮影の必要性は認めるが、この検査で異状なしとされており、また、診療録には、昭和五七年三月二九日の欄に心窩部痛の記載があるほかは、腹部所見、消化器症状に関する記載はなく、胃レントゲン撮影の必要性を示唆し支持する所見はないと判断していることが認められる。

坪川証言によれば、坪川教授は、本件は車中の事故であるが、腹部を打った場合、初めに症状が出ずに、二、三日後に症状が出ることがあり、入院時に腹部のレントゲン撮影を施行することは認めるべきである旨、薬剤による胃腸障害であれば、外傷には直接関係がないが、胃腸障害が発生したときに胃のレントゲン撮影を施行することは医療行為として妥当である旨判断している。

右の各教授の見解に照らせば、腹部大四レントゲンの妥当性は否定し得ず、また、軽部が胃の痛みを訴えたこと、前記五2の認定のとおり、医師としては、患者に対する関係では、患者の全症状を対象とする診療行為をすべきであり、適切な診療行為を行う前提として、全症状を適確に把握する必要があることを合わせ考えると、胃腸障害を疑わせる所見がみられる以上、仮に、これと事故との因果関係が直接的なものでないとしても、本件の胃レントゲン撮影をもって合理性を欠くものということはできない。

4  牽引療法について

〈証拠〉によれば、被告は、軽部に対し、昭和五七年四月二八日、二九日及び三〇日に、介達牽引を施行していることが認められる。

なるほど、〈証拠〉によれば、坪川教授は、むち打症の急性期の治療としては安静固定を行うべきで、牽引療法は禁忌であり、牽引療法を施行すると症状の増悪を伴うと判断しており、また、前掲甲第六一、六六号証によれば、渡辺教授は、損傷した組織をさらに牽引でひっぱることは損傷そのものを悪化させるから、急性期に牽引療法を行うことは禁忌であり、頸椎捻挫に対する牽引療法は少なくとも受傷後一か月を過ぎてから、一般的には二か月を過ぎてから行うのが整形外科での医療水準であるとの見解を有することが認められる。

更に、前掲甲第一六号証によれば、伊丹教授らは、むち打症の急性期(受傷後二ないし三週間)の治療の根本は、安静と固定と頸椎部の循環障害の改善であり、牽引を早期に行えば、損傷部を引きはなし、修復をさまたげることになるが、急性期でも、上肢のしびれ、放散熱などが強く、頸椎の脊髄神経根部の刺激症状が著明なときには、頸椎の安静固定を目的とした軽いグリソン牽引を行うことがある旨、亜急性期(受傷後四ないし八週間)の中間から終わり頃になれば、頸椎牽引療法を試みるが二ないし三週間で牽引の効果が全くなければ牽引の適応とはいえない旨の見解を発表していることが認められる。

したがって、右認定のとおり、被告が牽引療法を開始したのは、受傷後約六週間後であることに照らせば、牽引療法をもって明らかに合理性を欠くものということはできない。

七抗弁5(織田に対する治療の妥当性)について判断する。

1  織田のむち打症の程度について

(一)  〈証拠〉によれば、被告は、昭和五六年三月二七日、織田を診察して、中等度のむち打症、右上下肢挫傷と診断したことが認められる。そこで、以下、右診断が診療当時の医療水準に照らし合理的なものであるか否かを検討する。

(二)(1)  大野鑑定によれば、大野教授は、織田のむち打症、頭部外傷の程度について、初診時所見では頸部痛を訴えているが、意識障害、頸椎の可動域制限、神経症状及び頭痛はないことから軽症と判定している。

(2) これに対し、〈証拠〉によれば、被告は、昭和五六年三月二七日、腰椎穿刺を施行し、髄液圧測定を行ったが、その結果は、髄液圧が二一五ミリメートル水柱であったこと、被告は、右髄液圧測定の結果から脳圧亢進が発生していると判断したことが認められる。

しかしながら、本件診療当時の医療水準においては、髄液圧は二〇〇ミリメートル水柱までは正常範囲とされていることは前記六1のとおりであり、〈証拠〉によれば、織田の髄液圧が二一五ミリメートル水柱であるからといって直ちに脳圧亢進が発生しているとはいえないこと、腰椎穿刺による髄液圧検査の場合、患者が少し息んだだけでも髄液圧は簡単に二〇〇ミリメートル水柱以上に上がるものであること、織田には、当時、頭痛、吐き気、嘔吐、眼底のうっ血乳頭等脳圧亢進を示す症状はみられないことが認められ、右の事実に照らせば、織田に脳圧亢進が発生していたとする被告の判断は合理性を欠くものといわざるをえない。

なお、被告本人尋問の結果中には、織田が、入院時から継続的に頭痛を訴えていたとする供述部分があるが、前掲甲第一〇号証によれば、診療録には、昭和五六年五月二二日、同年六月五日、八日、一一日、一五日の欄に頭痛の記載があるのみで、他に頭痛を示す記載がないことが認められ、前記診療録の性格に照らし、前記供述部分は採用することができず、他に織田が入院時から継続的に頭痛を訴えていたことを認めるに足りる証拠はない。

(3) また、〈証拠〉によれば、被告は、昭和五六年三月三一日に脳波検査を施行した結果、アルファ波を基調とするものの、左前頂部の振幅が右に比し多いという左右非対称性があり、脳刺激状態と思われるところから、被告において、境界脳波と診断したことが認められる。

しかしながら、前掲甲第五八号証によれば、アルファ波を基調とする脳波は正常であり、脳波上左右差があっても、アルファ波しかない場合には、その原因は限定され、決して片側脳の刺激状態とは推定できないことが認められる。

これに対し、被告本人尋問の結果中には、脳波の中に棘波が出ていたとする供述部分があるが、脳波検査の結果、棘波がみられるときは、境界というより常に異常と判定すべきで、一か所に固定して認められるときはその部分の器質的傷害の存在を疑い、それが外傷に起因するものであるかを検討すべきであること、頭部外傷で棘波がみられることがあるのは頭部外傷を受けてから一ないし二か月後であり、急性期にはほとんどみられないこと、脳波の判読は、判読者の主観が入り易く、相当の経験が必要であること、原告らは、昭和六〇年五月七日、本訴において、脳波検査表の文書提出命令を申し立てたが、被告は、保存期間終了により廃棄したと主張したため、脳波検査表の証拠調べにより棘波を確認することができない状況にあることは、前記六1(二)の認定のとおりであるのに、前述のとおり、被告が境界脳波と判定していること、棘波がみられたという脳波検査が行われたのは受傷の五日後にすぎないことに照らせば、脳波検査において棘波を示す所見が存在したものと認めることはできず、被告の前記供述部分は措信することができない。

(4) 〈証拠〉によれば、織田は、初診時に、右上肢、右腰部、右肘、右頸部、右肩の痛みを訴えていたが、意識障害、頭痛、神経症状はなかったこと、被告は、初診時に、頭部、頸部、右肩、骨盤、右上腕及び右肘の各レントゲン撮影を施行し、入院時に、尿検査、血液検査、髄液検査、心電図測定並びに胸部及び腹部の各レントゲン撮影を施行したが、いずれも異常を示す所見はない(ただし尿中の糖はプラス)ことが認められる。

なお、被告本人尋問の結果中には、右肘、右頸部、右肩の痛みは脳神経根圧迫症状(後に脊髄根症状と訂正)で、これが脳神経症状であるから、織田には脳神経症状があったとする供述部分があるが、〈証拠〉によれば、脳神経症状とは動眼、視、顔面、三叉等脳神経の異常をいうことが認められ、右事実に照らし、被告の前記供述部分は採用できず、大野鑑定によれば、織田には、脳神経症状、脳幹症状、脊髄症状はなかったことが認められる。

(三)  以上のとおりの織田の状況、検査の結果、前掲甲第一四、第二八号証、大野鑑定及び坪川証言を総合すれば、本件診療当時の診療水準においては、織田の傷害は、軽度のむち打症、右上下肢打撲症と診断するのが合理的であったと認められ、また、織田に頭部外症が存在したと認めることはできない。

2  薬剤の投与について

(一)  ヒデルギン、ロインについて

(1) 前掲甲第八号証によれば、日本医薬品集では、ヒデルギンは、脳・末梢循環障害改善剤として、頭部外傷後遺症の随伴症状等に適応を有するとされていること、ロインは、脳血流促進剤として、頭部外傷等の脳血流障害に基づく諸症状の改善に適応を有するとされていることが認められる。

織田に頭部外傷が存在したと認められないことは、前記1のとおりである。

(2) これに対し、大野鑑定によれば、大野教授は、むち打症では、脳・脳幹・脊髄に対する影響が必然的に生ずるので、頭痛が継続していれば、脳神経症状、脳幹症状、脊髄症状が発生していなくても、これらの症状を予想して本剤を予防的に使用することはあり得る旨、実際、本症例では脳波検査で再検査を要する旨の判定を受けているし、頭痛が継続しているので、本剤の投与は妥当性を欠くものではない旨判断している。

しかしながら、脳波検査で異常を示す所見がみられたとは認められないこと及び織田が入院時から継続的に頭痛を訴えていたとは認められないことは前記1の認定のとおりであり、大野教授の右見解は、前提を欠き、採用の限りでない。

(3) 他方、前掲甲第一四号証によれば、竹内助教授は、むち打症で、脳・脳幹・脊髄に対する影響が必然的に生ずるとはいえず、あくまでも脳神経症状、脳幹症状、脊髄症状が出現したときに初めて本剤の使用根拠となりうるものであるとの見解を有することが認められる。そして、織田に右症状がみられないことは前認定のとおりである。

(4) 以上によれば、ヒデルギン及びロイン(別紙1ないし4の被告の主張欄記載分)の投与は、その根拠がなく、明らかに合理性を欠き、裁量の範囲を超えるものといわざるをえない。

(二)  サクシゾンについて

(1) 〈証拠〉によれば、被告は、織田に対し、昭和五六年三月二七日から同年四月二九日まで一日当たり三〇〇ミリグラム合計一〇二〇〇ミリグラムのサクシゾンを投与したことが認められる。

(2) 伊丹教授らが、むち打症の急性期の治療に当たって、副腎皮質ホルモンを投与するが、それがプレトニゾロンの場合は一日二〇ミリグラム、漸減して五ミリグラム維持量とし、約二週間前後維持するのが相当との見解を有することは、前記六2(四)(2)の認定のとおりであり、また、大野鑑定によれば、大野教授も、本症例では脳・脳幹・脊髄の浮腫に対する配慮からの投与と思われるが、脳圧亢進の症状もないので、せいぜい一週間程度の投与であれば妥当と思われるとしていることが認められる。

(3) 確かに、日本医薬品集では、サクシゾンは、各種ショック及びショック状態における救急に適応を有するとされていることは、前記六2(四)(3)の認定のとおりであるところ、前掲甲第一四号証によれば、竹内助教授は、脳圧亢進がなければ、サクシゾンは適応とならず、脳・脳幹・脊髄の浮腫が事実の裏付けもない仮定のものである以上、使用する根拠はないと判断していることが認められ、また、坪川証言によれば、坪川教授も、同様の見解である。

しかしながら、前記のとおり、むち打症の急性期の治療にあたり、副腎皮質ホルモンの投与を肯定する見解もあることにかんがみれば、サクシゾンの投与自体をもって明らかに合理性を欠くものとすることはできない。

(4) 他方、副腎皮質ホルモンの副作用の存在と重篤な結果発生の可能性、一般のサクシゾンの一日当たりの投与量は初期で一〇〇ないし二〇〇ミリグラムであること、療養担当規則に基づく厚生大臣の定める基準によれば、副腎皮質ホルモンについて、少量を短期間使用するよう努めるべきこと、脳浮腫に対する副腎皮質ホルモンの標準的使用量は一日当たりプレトニゾロンとして二〇ないし四〇ミリグラムであり、標準的投与期間は急性期のみであるとされていることは、前記六2(四)の認定のとおりである。

(5) 右の事実及び前記副腎皮質ホルモンの投与を肯定する見解もサクシゾンに換算して八〇ミリグラムから漸減して二〇ミリグラムを二週間投与すべきとするにとどまることにかんがみれば、被告の行った長期にわたるサクシゾンの大量投与は異常であって、初期の一日当たりの一般的投与量として最も多い一日当たり二〇〇ミリグラム、期間にして二週間を超える部分(別紙1の被告の主張欄記載分から当裁判所の判断欄記載分を控除した分)の投与は、いずれも明らかに合理性を欠き、裁量の範囲を超えるものといわざるをえない。

(三)  マンニトールについて

(1) 織田には、初診時から、脳圧亢進の症状はなく、脳浮腫は生じていないことは、前記1の認定のとおりである。

これに対し、昭和五六年三月二七日施行の髄液圧測定の結果、髄液圧が二一五ミリメートルであったことは、前記1の認定のとおりであり、前掲甲第一〇号証によれば、被告は、織田に対し、同日から同年四月二九日まで、マンニトールと五パーセントブドウ糖を並行して投与していることが認められる。

(2) ところで、日本医薬品集では、マンニトールは、脳圧降下・利尿剤として脳圧降下及び脳容積の縮小を必要とする場合等に適応を有するとされていることは、前記六2(三)(2)の認定のとおりである。

また、前掲甲第一四号証によれば、竹内助教授は、脳圧亢進がなければ、マンニトールは適応とならず、また、脳・脳幹・脊髄の浮腫が事実の裏付けもない仮定のものである以上、これを使用する根拠はないと判断していることが認められる。

更に、マンニトールは、脳腫脹、脳浮腫に対して、水分を排除する目的で使用するもので、重症脳損傷時にも急性期に一、二週間投与するのを原則とすること、頸部捻挫症候群に本剤を投与し続けることは、頭痛のみならず腎障害を合併する可能性さえあり、ときには症状悪化につながること、マンニトールと五パーセントブドウ糖を同時に投与することは、脱水作用と貯水作用といった相矛盾する作用を有する薬剤を投与することにほかならないことは、前記六2(三)(2)の認定のとおりであり、前掲甲第一一、第二八号証及び坪川証言によれば、坪川教授は、織田に対するマンニトールの投与は、不必要な治療であるのみならず、むち打症の治癒を遷延し、かつ、生体への悪影響が発生するものであると判断していることが認められる。

(3) これに対し、大野鑑定によれば、大野教授は、本症例では、脳・脳幹・脊髄の浮腫に対する配慮からの投与と思われるが、脳圧亢進の症状もないので、せいぜい一週間程度の投与であれば妥当と思われるとしている。

しかしながら、本件においては、受傷の翌日からマンニトールを投与しているところ、一回の髄液圧測定をしたのみで、その後再検査をすることなく、一か月以上も漫然と投与を継続していることに照らせば、被告が脳・脳幹・脊髄の浮腫の発生の可能性を考慮して本剤を投与したものと認めることはできないし、また、五パーセントブドウ糖が同時に投与されており、相矛盾する作用を有する薬剤の投与がなされることにより本剤の投与は無意味なものとなっていることに照らせば、脳・脳幹・脊髄の浮腫の発生の可能性を考慮して本剤を投与することがありうるとしても、本件においては、かかる考慮があったとして本剤の投与に根拠があるとすることはできない。以上の認定に反する被告本人尋問の結果は、採用しない。

(4) したがって、マンニトール(別紙1の被告の主張欄記載分)の投与は、明らかに合理性を欠き、裁量の範囲を超えるものといわざるをえない。

(四)  ATP、オーデス、チトレビーについて

(1) 前掲甲第八号証によれば、日本医薬品集では、ATPは、代謝性剤として、頭部外傷後遺症等に適応を有するとされていること、オーデスは、意識障害治療剤として、頭部外傷に伴う意識障害等に適応を有するとされていること、チトレビーは、細胞呼吸賦活剤として、頭部外傷後遺症における頭痛及び頭重感の改善等に適応を有するとされていることが認められる。

織田に頭部外傷が存在したと認められないことは、前記1のとおりである。

(2) これに対し、大野鑑定によれば、大野教授は、本剤は、代謝性剤、意識障害用剤、組織代謝賦活剤であるが、むち打症では脳・脳幹・脊髄に対するなんらかの影響があり、頭痛が継続している間は、本剤の投与は必要性を欠くとはいい難いと判断している。

しかしながら、織田が入院時から継続的に頭痛を訴えていたものでないことは、前記1の認定のとおりであり、大野教授の見解は、前提を欠き、採用できない。

(3) 他方、前掲甲第一四号証によれば、竹内助教授は、むち打症で、脳・脳幹・脊髄に対する影響が必然的に生ずるとはいえず、あくまでも脳神経症状、脳幹症状、脊髄症状が出現したときに初めて本剤の使用根拠となりうるものであると判断していることが認められる。そして、織田に右症状がみられないことは、前記1の認定のとおりである。

また、坪川証言によれば、坪川教授も、本剤は、脳挫傷が激しいときに使えばよいので、本件では使わない方がよいと判断している。

もっとも、前掲甲第一六号証によれば、伊丹教授らは、むち打症の急性期(受傷後二ないし三週間)の治療として、頭痛、頭重、吐き気、喉頭部痛、胸鎖乳頭筋部の腫脹、疼痛、上肢のしびれ感、脱力感のあるときは、脳循環障害の改善や、脳や頸髄組織の賦活作用も加味してチトレビーを投与するとの見解を有することが認められる。しかし、前掲甲第一〇号証によれば、被告がチトレビーを投与したのは、昭和五六年三月二七日から同年四月一六日までの間であったことが認められるが、その間に織田にこれらの症状があったと認められないことは、前記1のとおりである。

(4) 以上によれば、ATP、オーデス及びチトレビー(別紙1ないし4の被告の主張欄記載分)の投与は、その根拠がなく、明らかに合理性を欠き、裁量の範囲を超えるものといわざるをえない。

(五)  サブビタン、ノイロトロピンについて

(1) 前掲甲第八号証によれば、日本医薬品集では、サブビタンは、総合ビタミン剤として各科領域における栄養補給(経口的食事摂取不足で、かつ、輸液するときにビタミンの補給を必要とする場合等)に適応を有するとされていること、ノイロトロピンは、鎮痛・鎮静・抗アレルギー剤として、神経痛、気管支ぜんそく、アレルギー性疾患等に適応を有するとされていることが認められる。

大野鑑定によれば、大野教授は、本剤は、痛みのある患者にはよく使用する旨、薬剤を確実に体内に入れるには非経口的投与が必要であり、急性期(受傷後一週間程度)には投与薬剤が確実に体内に入り速やかに効力を示すことが望ましいから、急性期における本剤の点滴による投与は、妥当性に欠けるとはいい難い旨判断している。

(2) これに対し、前掲甲第一四号証によれば、竹内助教授は、経口薬が確実に体内に入りにくいとすれば、多くの経口薬は注射薬に代わるべきであるが、現実には従来注射薬として用いられたものが経口薬として代わりつつあること、本件患者について、サブビタン、ノイロトロピン等の薬剤を速やかに効力を発揮させるべき理由は存在しないのであり、むしろ患者の状態(例えばショック状態となって速やかに昇圧剤を投与する必要がある等)、使用薬剤の性格(例えば昇圧剤等)から具体的に点滴の必要性を考慮すべきであるとの見解を有することが認められる。また、坪川証言によれば、坪川教授も、同様の見解である。

(3) しかしながら、右のとおり、本件において、本剤の使用を肯定する見解もあることにかんがみれば、本剤の投与自体をもって明らかに合理性を欠くものということはできない。

もっとも、本剤の使用を肯定する見解も受傷後一週間程度の期間の使用を認めるにとどまることにかんがみれば、昭和五六年四月三日以降の本剤(別紙1の被告の主張欄記載分から当裁判所の判断欄記載分を控除した分)の投与は、その根拠がなく、明らかに合理性を欠き、裁量の範囲を超えるものといわざるをえない。

(六)  ネオラミン3B、ビタミンCについて

(1) 〈証拠〉によれば、被告は、織田に対し、本剤を、昭和五六年三月二六日に一回、同年四月三〇日から七月二一日まで合計六〇回にわたり投与していることが認められる。

(2) 前掲甲第八号証によれば、日本医薬品集では、ネオラミン3Bは、神経・筋機能賦活剤として、神経痛、関節痛、筋肉痛等のうちビタミンB1、B4、B12の代謝障害が関与すると推定される場合等に適応を有するとされていること、ビタミンCは、毛細管出血で、ビタミンCの欠乏又は代謝障害が関与すると推定される場合等に適応を有するとされていることが認められる。

大野鑑定によれば、大野教授は、脳脊髄神経、出血に対する配慮からの投与と思われるが、急性期(受傷後一週間程度)における投与は、神経に対する顕微鏡学的な小出血・損傷の可能性を考慮すると必ずしも不必要とはいい難いと判断している。

また、前掲甲第一六号証によれば、伊丹教授らは、急性期(受傷後二ないし三週間)の治療として、局所の出血防止のためにビタミンCを用い、また、むち打症では大なり小なり頸部神経系が影響されるから、ビタミンB1、B6、B12あるいはこれらの合剤の投与を行うこととしていることが認められる。

更に、坪川証言によれば、坪川教授は、ネオラミン3Bについては、むち打症の急性期に投与することがあるから、一週間の投与であれば必要性が認められるが、ビタミンCについては、織田は食事をしているから、投与の必要性はないと判断している。

(3) 他方、前掲甲第一四号証によれば、竹内助教授は、脳脊髄神経からの出血を疑わせる記載は診療録になく、仮に症状として現れない顕微鏡学的出血・損傷があったとしても、それらは自然に治癒しうるものであり、治療薬として本剤を使用する根拠とはならないとの見解を有することが認められる。

(4) しかしながら、本剤の投与を肯定する前記見解にかんがみれば、本剤の投与自体をもって明らかに合理性を欠くものということはできない。

もっとも、前掲甲第八号証によれば、日本医薬品集では、本剤は、効果がないのに月余にわたって漫然と使用すべきではないとされていることが認められ、右事実及び本剤の投与を肯定する見解にしても、せいぜい受傷後二、三週間に限ることに照らせば、昭和五六年四月三〇日以降の本剤(別紙1ないし4の被告の主張欄記載分から別紙1の当裁判所の判断欄記載分を控除した分)の投与は、その根拠がなく、明らかに合理性を欠き、裁量の範囲を超えるものといわざるをえない。

(七)  サリロイチンについて

(1) 〈証拠〉によれば、被告は、織田に対し、昭和五六年三月二七日から同年四月一六日まで三週間にわたりサリロイチンを投与していることが認められる。

(2) 前掲甲第八号証によれば、日本医薬品集では、サリロイチンは、解熱・鎮痛・消炎剤として、各種神経痛(坐骨神経痛、上腕神経痛、肋間神経痛等)、腰痛等に適応を有するとされていることが認められる。

大野鑑定によれば、大野教授は、本剤は、神経痛のみに限らず、痛みがあれば使用しうる薬剤であり、頭痛があれば、投与は妥当であると判断している。

これに対し、前掲甲第一四号証によれば、竹内助教授は、鎮痛剤といえども、その薬理学的作用から痛みの種類に応じて使用可能な薬剤は特定されているが、本剤は、主として末梢神経の神経痛に用いられるもので、いわゆる頭痛薬としては一般に用いられていないとの見解を有することが認められる。

(3) ところで、織田が、入院時から継続的に頭痛を訴えていたと認められないことは、前記1の認定のとおりである。したがって、頭痛に対し、本剤を投与することが妥当であるとしても、本件においては、これを、投与の根拠とすることはできない。

(4) もっとも、前記1のとおり、織田は、初診時に右上肢、右腰部、右肘、右頸部、右肩の痛みを訴えていたのであるから、神経痛に適応を有するとされる本剤の投与が、明らかに合理性を欠くものということはできない。

他方、前掲甲第一〇号証によれば、診療録の昭和五六年三月二七日以降の欄には、初診時にみられた右の痛みについて何らの記載がないことが認められ、直ちに、初診時の右の痛みが同年四月一六日まで継続したということはできないが、〈証拠〉によれば、慶応義塾大学医学部平林冽教授の意見によると、頸部捻挫型のむち打症の治療の一般的類型としては、消炎・鎮痛剤を三週間程度投与することが認められ、右事実によれば、三週間にわたる本剤の投与が明らかに合理性を欠くものということはできず、他に右判断を左右するに足りる証拠はない。

(八)  パナパップについて

被告本人尋問の結果によれば、織田が本剤の投与を希望したことはなく、被告は、織田が痛みを訴えたので本剤を投与したものであることが認められるほかは、前記六2(六)の認定のとおりであり、受傷後一週間内で、かつ、一日一回を超える部分(別紙1の被告の主張欄記載分から当裁判所の判断欄記載分を控除した分。なお、原告が認める分を考慮。)の投与については、投与の必要性が認められず、何ら投与の根拠がなく、明らかに合理性を欠くものといわざるをえない。

(九)  セポール、コアキシンについて

(1) 前掲甲第八号証によれば、日本医薬品集では、セポールは、セファロスポリン系抗生物質として、セファレキシン感受性菌による創傷、気管支炎等の感染症等に適応を有するとされる経口剤であることが認められ、また、コアキシンがセファロスポリン系抗生物質として創傷、気管支炎等に適応を有するとされる注射用薬剤であることは、前記六2(五)(1)のとおりである。そして、〈証拠〉によれば、被告は、織田に対し、昭和五六年三月二七日から同年四月一六日までの間コアキシンを、同年三月二七日から同年七月二一日までの間セポールを投与していたことが認められる。

大野鑑定によれば、大野教授は、創傷の程度は、昭和五六年四月二日までの包交で治癒している点から判断すると軽微と思われるので、創傷に対してのみを考えれば受傷後一週間程度の投与が妥当であるが、入院後の温度表をみると三七度以上の発熱がみられるので、気管支炎の併発は否定はできないから、そのための投与であれば不必要とはいい難い旨、ただし、コアキシンを投与するのであれば、コアキシンとセポールは同じような効力の薬剤であるから、セポールの投与を止めるのが普通である旨判断している。

また、坪川証言によれば、坪川教授も、足に傷があったのであるから、三日程度の抗生物質の投与は妥当であるが、重症の脳の化膿性の病変や手術後以外に抗生物質を併用することは許されない旨判断している。

抗生物質の投与を肯定する右の見解にかんがみれば、抗生物質の投与自体をもって明らかに合理性を欠くものということはできない。

(2) しかしながら、前掲甲第二七号証によれば、一般的に、単一の抗生物質を投与して効果が得られないとき、他の抗生物質をその上に上乗せして使用することは、原則として避けるべきであり、起因菌を検索あるいは推定して、それに最も適合する抗生物質を単独で使用すべきであるとされていること、長期間の連用、あるいは多種類の抗生物質の併用は、菌交替現象を起こすのみならず、耐性菌の発現、増加につながるとされていることが認められ、右事実及び抗生物質の投与を肯定する前記見解も、抗生物質の併用は原則として認めていないことに照らせば、抗生物質を併用することは、これを正当化する前記の特段の事情が存在しない本件においては、明らかに合理性を欠き、裁量の範囲を超えるものといわざるを得ない。

そして、抗生物質の選択については、大野教授は、コアキシンを投与するのであれば、セポールを止めるのが普通であると判断していることは前記のとおりである。他方、〈証拠〉によれば、一般的に小範囲の創の場合は経口投与でよく、中等度以上の創の場合に点滴静注するとされていることが認められ、また、前掲甲第一四号証によれば、竹内助教授は、気管支炎に対する治療剤として用いるとしても、セポールが経口投与されている上にコアキシンを併用する必要性はなく、しかも点滴静注として抗生物質を用いる理由は存在しないと判断していることが認められ、一般的には、経口投与可能な疾患では、経口剤をまず使用するのが原則とされることは、前記六2(五)の認定のとおりである。

しかしながら、コアキシンの選択を肯定する見解も存することにかんがみれば、コアキシンがより高価であっても、その選択が明らかに合理性を欠くものとはいえない。したがって、本件においては、コアキシンを投与している間のセポールの投与は、合理性を欠くものというほかない。

(3) そこで、抗生物質の投与の期間について検討する。

点滴静注をするには、常用量よりも多く使用しなければならず、それだけに副作用もありうることから、漫然とした点滴静注はむしろ避けるべきであるとされることは、前記六2(五)の認定のとおりであり、前掲甲第一〇号証及び被告本人尋問の結果によれば、包交は昭和五六年四月二日に終了し、その段階で創傷は治癒したことが認められる。

右の事実及び抗生物質の投与を肯定する見解にしても、創傷に対する投与は一週間程度に限ることに照らせば、創傷に対する投与としては昭和五六年四月三日以降の抗生物質の投与は、その根拠がなく、明らかに合理性を欠くものといわざるをえない。

しかしながら、大野教授は、入院後の温度表をみると、三七度以上の発熱がみられるので、気管支炎の併発は否定し難く、気管支炎に対する投与であれば、不必要とはいい難いと判断していることは、前記(1)のとおりである。前掲甲第一〇号証によれば、織田には、昭和五六年四月四日、六日、八日、九日、一一日、一三日、一五日、一六日、一八日、二〇日、二一日、二四日ないし二七日に三七度以上の発熱があることが認められ、右の事実、大野教授の前記見解及び被告本人尋問の結果によれば、織田は、同月四日前後から同月二七日前後まで気管支炎を併発していたものと認めるほかなく、他方、前掲甲第一〇号証によれば、織田につき同月二八日以降は三七度未満に熱が下がっていること及び同月二九日に退院していることが認められ、右事実から、同日以降は、気管支炎は治癒したものと推定される。

右の事実及び前記大野教授の見解にかんがみれば、同月三日から退院の日である同月二九日までの抗生物質の投与は、根拠がないとはいえないが、同月三〇日以降の抗生物質の投与は、その根拠がなく、明らかに合理性を欠くものといわざるをえない。

(4) 以上によれば、昭和五六年三月二七日から同年四月一六日まで及び同月三〇日以降のセポール(別紙1ないし4の被告の主張欄記載分から別紙1の当裁判所の判断欄記載分を控除した分)の投与は、その根拠がなく、明らかに合理性を欠き、裁量の範囲を超えるものである。

なお、前掲甲第一四号証によれば、竹内助教授は、気管支炎の併発は、本件外傷と何ら関係ないと判断していることが認められ、坪川証言によれば、坪川教授も同様の見解であるが、前記五2の認定のとおり、医師としては患者の全症状を対象とする診療行為をすべきであって、仮に気管支炎が事故との因果関係を有しないとしても、気管支炎に対する治療をもって合理性を欠くといえないのは、いうまでもない。

(一〇)  メンドン、ベンザリンについて

(1) 日本医薬品集では、メンドンは、抗不安剤として神経症における不安・緊張・焦躁・抑うつ等に適応を有するものとされていることは、前記六2(七)の認定のとおりであり、また前掲甲第八号証によれば、ベンザリンは、催眠剤として、不眠症等に適応を有するものとされていることが認められる。

大野鑑定によれば、大野教授は、本剤は、それぞれ抗不安剤ないし催眠剤であるが、事故、入院等の環境の変化で患者が不眠不安となる可能性があり、不眠不安があればその都度投与することはあり得るとの見解のもとに、本剤投与は妥当性に欠けるものではないと判断している。

また、竹内助教授及び坪川教授が、本剤は、一般に不眠等を訴えれば、その都度頓服として投与されるべきであるとの見解のもとに、本件において、定時処方として投与されているのは薬剤使用上問題があると判断していること、渡辺教授が、むち打症に対し当初から精神安定剤を投与することは薬剤への依存性を招きやすいとの見解を有していることは、前記六2(七)(2)の認定のとおりである。

(2) 被告本人尋問の結果中には、織田が四月二五日頃から不安や不眠を訴えたとする供述部分があるが、前掲甲第一〇号証によれば、診療録には、織田が不安や不眠を訴えたことを窺わせる記載がないことが認められ、前記診療録の性格に照らし、右供述部分は採用することができない。そして、他に織田が不安や不眠を訴えたことを認めるに足りる証拠はない。

(3) 織田が不安や不眠を訴えたと認められないこと及び前記の各見解(大野教授の見解も、患者が不眠不安を訴えたときに本剤の投与を認めるものにすぎず、予防的な投与を認めるものではない。)に照らせば、本件メンドン及びベンザリン(別紙1ないし4の被告の主張欄記載分)の投与は、その根拠がなく、明らかに合理性を欠き、裁量の範囲を超えるものといわざるをえない。

3  点滴について

(一)  大野鑑定によれば、大野教授は、点滴は、薬剤を確実かつ速かに体内に入れることができる上、筋肉内注射に比較して周りの組織を痛めることがなく、また、皮内注射及び筋肉内注射に比較して患者により痛みを与えないという利点を持つが、本症例は軽症であり、経口投与が可能であるから、たとえ薬剤を確実かつすみやかに体内に入れる目的で点滴を施行したとしても、その期間は、せいぜい一週間(急性期)であり、それ以上長期の投与は、気管支炎併発の場合、その期間を除けば妥当性に欠ける旨判断している。

(二)(1)  これに対し、前掲甲第一四号証によれば、竹内助教授は、頸椎捻挫に対していかに急性期であろうとも点滴の適応はないとの見解を有することが認められ、〈証拠〉によれば、渡辺教授も同様の見解であることが認められる。

また、前掲甲第一一号証によれば、坪川教授は、点滴は、経口摂取不充分な場合の水分栄養補給の目的と持続的静脈内薬物投与による治療を必要とする場合に実施される旨、むち打症でも、経口摂取が困難な場合、特殊な持続療法を必要とする場合、頸髄損傷や重症頭部外傷を合併している場合には、点滴による薬物投与をしなければならないが、一般にはむち打症に対する治療には、点滴注射を施行する必要はないと考えていることが認められる。

(2) 〈証拠〉によれば、体液の量的及び質的な障害を是正し、また、その正常状態を維持するために、相当多量の液体を非経口的に、通常、静脈内に点滴注入して与える治療法を輸液療法というが、この輸液療法には、①毎日失われる体液の基礎量に対する補充を行うための維持輸液、②脱水症(水欠乏あるいは食塩欠乏がある。)に対して水あるいは食塩の補充を行うための修復補充輸液、③経口摂取の不能な期間が長くなるときに、カロリー、蛋白、ビタミンの補給を行うための栄養輸液があることが認められる。しかしながら、前掲甲第一〇号証によれば、織田は、入院以来常食を摂取しており、昭和五六年三月三〇日以降はほぼ全食を摂取していることが認められ、右輸液療法のいずれもその必要性がないことは明らかである。

(3) 前掲甲第二七号証によれば、抗生物質の投与方法としては、必ずしも点滴静注の方がより確実であるわけではなく、点滴する速度のみならず、その抗生物質を溶かす濃度や輸液の量によって血中の薬物濃度は左右されることが認められ、また、点滴静注をするには、常用量よりも多く使用しなければならず、それだけに副作用もありうることから、漫然とした点滴静注はむしろ避けるべきであるとされることは、前記六2(五)(2)の認定のとおりである。

(4) さらに、前掲甲第八号証によれば、マンニトールは、点滴静注の方法でのみ投与すべきことが認められるが、前記2(三)に認定したところによれば、本件のマンニトールの投与は明らかに合理性を欠くものであるから、マンニトールの投与が点滴の必要性の根拠となるものではない。前記2に認定したところから投与が肯認される薬剤の中で、経口投与以外の用法で投与すべきものは、サクシゾン、サブビタン、ノイロトロピン、コアキシン及びサリロイチンであるが、前掲甲第八号証によれば、サクシゾン、ノイロトロピン、コアキシン及びサリロイチンは、いずれも静脈注射により投与しうるもので、点滴によってのみ投与すべき薬剤ではなく、また、サブビタンは、輸液するときにビタミンの補給を必要とする場合に投与する薬剤であって、ビタミンの補給だけならば経口投与も可能であり、それ自体が点滴の必要性を根拠付けるものではないことが認められる。

(三)  前記(二)認定の見解及び事実に照らせば、本件において、織田に対し、点滴を行うべき必要性は認め難いといわざるをえない。

しかし、他方、前記(1)の認定のとおり、点滴がいくつかの利点を持つところから、受傷後一週間及び気管支炎併発の間の点滴についてその妥当性を肯定する見解もあることにかんがみれば、点滴を施行したことをもって明らかに合理性を欠くものとまでいうことはできない。

そして織田が、昭和五六年四月四日前後から同月二七日前後まで(遅くとも同月二九日には治癒)気管支炎を併発していたことは、前記2(九)(3)の認定のとおりである。

以上によれば、被告が、同年三月二七日から四月二九日まで点滴を施行したことをもって明らかに合理性を欠くものということはできない。

4  検査について

(一)  腹部大四レントゲン撮影について

大野鑑定によれば、大野教授は、オートバイによる事故であるのであらゆる可能性を考慮して全身を調べる必要があり、見落としがないように、疑わしければあらゆる検査をすべきで、検査の結果異常がないことを確認するだけでも意味があるので、本件検査は不必要とはいえないと判断している。坪川証言によれば、坪川教授も、一般的にいえば、不必要なことではないと判断している。

他方、前掲甲第一四号証によれば、竹内助教授は、腹部レントゲンは、腹圧、触診による圧痛、その他腹部臓器損傷があったときに初めて行われるもので、本件では必要性がないと判断していることが認められるものの、右必要性を肯定する前記見解もあることにかんがみれば、本件レントゲン撮影は、明らかに合理性を欠くものということはできない。

(二)  腰椎穿刺・髄液検査について

大野教授の見解は、前記(一)のとおりである。

これに対し、前掲甲第一四号証によれば、竹内助教授は、髄液検査は、患者が脳圧亢進症状を示しているかどうかによって実施されるところ、織田はそのような症状を示していないから必要性がないと判断していることが認められ、また、前掲甲第一一号証によれば、坪川教授も、髄液検査は、頸椎骨折の手術適応の決定には必須の検査であるが、頭部外傷で全く神経症状の認め難い場合にはその必要はないと判断している。更に、前掲甲第五五号証によれば、岡田助教授も、異論のあることも認めながら、急性頭部外傷患者であっても、まず頭蓋内血腫の有無の判定を最初に行うべきであり、髄液検査よりは他の補助検査法、例えば、超音波診断法や脳血管写撮影法あるいは臨床経過の厳重な観察を優先させるのが当然であるとし、本件のように、意識清明な状態で、受傷二日後に髄液圧測定を行う意義はないと判断していることが認められる。

しかし、本件のような症例につき腰椎穿刺・髄液検査の必要性を肯定する見解や判断もあることにかんがみれば、かかる検査を明らかに合理性を欠くものと断ずることはできない。

(三)  心電図検査について

大野教授の見解は、前記(一)のとおりであるほか、大野鑑定によれば、入院するような患者の場合には、全身をチェックするために必ず心電図検査を施行すると判断しており、また、坪川証言によれば、坪川教授も、一般的にいえば不必要なことはないとの見解を有している。

他方、前掲甲第一四号証によれば、竹内助教授は、心電図は、動悸、脈拍の異常、聴診上の異常その他心臓の異常を示す症状がある場合に行われるべきで、織田には、そのような症状がなかったから、本件検査の必要性はないと判断していることが認められるが、右のとおり心電図検査の必要性を肯定する見解もあることにかんがみれば、本件検査が明らかに合理性を欠くものということはできない。

5  入院について

(一)  大野鑑定によれば、大野教授は、主観的訴えの多いむち打症の患者では、患者の訴えがあり入院加療を希望する以上、無理に退院はさせられないし、本症例では気管支炎を併発しているので、通常より長くなるのは仕方がないと判断している。

しかし、被告本人尋問の結果によれば、織田の入退院については、織田が希望したものではなく、被告において判断したことが認められ、この点において、大野教授の見解は前提を欠くものといわざるをえない。また、大野鑑定によれば、大野教授も、織田と同程度の受傷の患者ならば、入院によらず通院の方法でも治療はできる旨、織田を入院させるべきかは診療録からは分かりかねる旨判断しており、同教授も本件における織田の入院を必ずしも必要とするものでもないし、気管支炎のみに基づく入院を支持するものでもない。

(二)  これに対し、前掲甲第一四号証によれば、竹内助教授は、織田は一、二の症状を訴えるのみで決して訴えの多い患者ではないこと、現実には織田のように軽症の場合には入院を必要とせず、外来治療で例外なく治癒していることから、織田については入院の必要性はないと判断していることが認められる。

また、〈証拠〉によれば、坪川教授も、軽症むち打症の患者を入院させるのは今日の医療の常識では考え難く、織田に対する治療としては、入院の必要はなく、頸部固定・安静(数日間)、上下肢の打撲症に対する湿布、消炎鎮痛剤等の対症薬物療法を行って、一、二週間通院させるべきである旨、被告は、前日までいろいろな治療を行っていながら翌日突然退院させており、退院の根拠が不明であって、入退院の基準がおかしいと考えられると判断している。

前掲甲第一五号証によれば、岡田助教授は、患者が頭痛を訴え、仮に入院加療を希望していたとしても、それが入院加療を要する病態であるか否かの判断を怠り、確たる方針もなく類似の治療を続けているとすれば、医師としての資質を問われることになると判断していることが認められる。

さらに、前掲甲第六一号証によれば、渡辺教授は、神経症であるむち打症患者に頸椎捻挫の外科的療法又は身体病としての対症療法のみで長期入院させている場合は、その患者の健全な社会復帰を妨げるので、医療水準と治療・転送・説明義務の適否を見直す必要があるとの見解を有していることが認められる。

(三)  前記(二)の認定の見解に照らせば、本件において、織田を入院させるべき合理性・必要性を肯認するのは困難であるといわざるをえない。また、被告は、受傷当日には織田について通院治療を施すことにしており、入院の措置をとったのは、受傷の翌日であるから、本件は、交通事故による受傷の緊急性を考慮すべき場合でもない。

以上によれば、臨床現場における医師の個別の判断を十分に尊重するとしても、織田の入院のうち一週間(この期間の入院の相当性については、当事者間に争いがない。)を超える部分(別紙1の被告の主張欄記載の診療内容から当裁判所の判断欄記載のそれを控除した分。なお、原告が認める分を考慮。)は、明らかに合理性を欠き、裁量の範囲を超えるものといわざるをえない。

八抗弁6(一)(診療報酬の単価についての当事者間の合意)について判断する。

被告は、本件について、原告らと被告との間において、自由診療を前提として、一点単価二〇円を基準として計算した額を診療報酬とすることを合意した旨主張する。しかしながら、診療報酬の額を合意すべき当事者は、診療契約の当事者である医師と患者であるから、原告らが患者から診療報酬の額の決定についての代理権を授与されていた等の事情の存しない限り、第三者である原告らが被告と合意したとしても、診療報酬の額を決定すべき効力を生ずるに由ないものである。そして、かかる事情についての被告の主張立証はない。

したがって、その余について判断するまでもなく、被告の抗弁6(一)は理由がないことに帰する。

九抗弁6(二)(一点単価を二〇円ないし三〇円とする診療報酬額の妥当性)について判断する。

1 自由診療においては、医師と患者との間で、診療契約を締結するに際し、診療の対象及び内容を自由に合意しうるばかりでなく、報酬額についても自由に合意することができ、医師は、患者に対し、右の合意に基づき診療報酬を請求しうることは、前記五1のとおりであるが、本件においては、前記三及び四認定のとおり、診療報酬の額についての合意の存在を認めることができない。したがって、本件においては、裁判所が診療行為の内容に応じた相当な診療報酬額を諸般の事情を考慮して決定すべきことは、前示のとおりである。

2(一)  ところで、健康保険においては、保険医療機関は、療養の給付に関し、療養に要する費用の額から一部負担金(健康保険法四三条ノ八)に相当する額を控除した額を保険者に請求することができ(同法四三条ノ九第一項)、右療養に要する費用の額は厚生大臣の定めるところにより算定する(同条ノ九第二項)旨定められている。そして、右厚生大臣の定めとして「健康保険法の規定による療養に要する費用の額の算定方法」(昭和三三年厚生省告示一七七号)があり、右告示によれば、療養に要する費用の額は、一点の単価を一〇円とし、右告示の別表(以下「診療報酬点数表」という。)において各療養の給付につき定められた点数を乗じて算定すべきものとされている。

保険医療機関は、健康保険の被保険者の療養の給付及び被扶養者の療養を担当するほか、船員を対象とする船員保険法、公務員を対象とする各種共済組合法等の社会保険各法による療養の給付並びに被保険者及び被扶養者の療養等を担当するものとされる(健康保険法四三条ノ四第二項)。右各法においては、診療報酬算定の方法について、いずれも健康保険法を準用し、あるいは健康保険法ないしこれによる命令の例によるなどとされている。

(二)  厚生大臣は、中央社会保険医療協議会(以下「中央協議会」という。)の諮問を受けて療養に要する費用の額を定めるとされており(健康保険法四三条ノ一四第一項)、中央協議会は、厚生省に設置され(社会保険審議会及び社会保険医療協議会法〔昭和三六年法律第二二七号による改正後のもの。以下同じ。〕一三条一項)、健康保険、船員保険及び国民健康保険の保険者並びに被保険者、事業主及び船舶所有者を代表する委員(以下「支払者代表委員」という。)八人、医師、歯科医師及び薬剤師を代表する委員(以下「医師代表委員」という。)八人、公益を代表する委員(以下「公益代表委員」という。)四人から構成され(同法一五条一項)、支払者代表委員及び医師代表委員の任命は、各関係団体の推薦によるものとされ(同条四項)、公益代表委員の任命については、衆参両議院の同意を得なければならないものとされている(同条五項)。したがって、右のように診療報酬額について直接利害関係を有する各界を代表する委員とともに公益を代表する委員によって構成される中央協議会において審議の結果出される答申の内容は、関係各界の利害を調和させ、かつ、公益を反映させたものとして、一応、公正妥当なものと推定することができよう。

(三)  実際にも、医療費は、特定の医療行為について変動があった場合には、各診療行為間の均衡のため点数改定が行われ、物価変動など全診療行為に一様な影響が生じた場合に単価改定が行われてきたこと、単価は米価を中心とした諸物価にあわせて決め、点数は個々の診療行為の難易度・材料費・頻度などによって決める方針で、医療技術の進歩によって追加改定が行われてきたこと、単価については、昭和二〇年一〇月に三五銭を標準とすると改められた後、急速なインフレーションの進展によりたびたび改定され、昭和二六年一二月一日からは甲地一二円五〇銭、乙地一一円五〇銭に改められたこと、そして、昭和三三年六月三〇日に、前記「健康保険法の規定による療養に要する費用の額の算定方法」(厚生省告示第一七七号)が定められ、一点単価は一〇円とされた後は、医療費の改定は、一点単価を一〇円に固定し、点数の方を改めていくようになったこと、その後の中央協議会における審議はしばしば紛糾したが、医療費は現在まで適宜に改定されていること、最近の改定について、医科の診療報酬に関しこれをみると、昭和五三年二月に11.5パーセント、同五六年六月に8.4パーセント、同五八年二月に老人点数表の設定に伴い0.3パーセント、同五九年三月に3.0パーセント、同六〇年三月に3.5パーセント、同六一年四月に2.5パーセント、同六三年四月に3.8パーセントそれぞれ引き上げられていることは、いずれも公知の事実である(原本の存在及び成立に争いのない甲第一一四号証、厚生省保険局保険課外編「六一年新版・健康保険法の解釈と運用」一二頁以下、社会保障研究所編「診療単価の方向」一二頁以下、厚生省大臣官房統計情報部「昭和六一年度・国民医療費」、川上武「日本の医者」二四六頁以下参照)。

(四)  更に、昭和五四年度においては、全国民医療費合計一〇兆九五一〇億円のうち、社会保険による負担分は八兆〇三六六億円で73.4パーセントに上るのに対し、全額自費による患者負担分は二四〇四億円で、僅かに2.2パーセントにすぎず、そのほか公費負担分が12.6パーセント、患者による公費及び保険の一部負担分が9.2パーセント、労働者災害補償保険等その他が2.5パーセントであること、昭和五五年度においては、合計一一兆九八〇五億円のうち、社会保険による負担分は八兆八九八六億円で74.3パーセントに上るのに対し、全額自費による患者負担分は二四九二億円で、僅かに2.1パーセントにすぎず、そのほか公費負担分が12.3パーセント、患者による一部負担分が9.0パーセント、その他が2.4パーセントであること、昭和五六年度においては、合計一二兆八七〇九億円のうち、社会保険による負担金は九兆九〇六九億円で74.6パーセントに上るのに対し、全額自費による患者負担分は二五二八億円で、僅かに2.0パーセントにすぎず、そのほか公費負担分が12.2パーセント、患者による一部負担分が8.9パーセント、その他が2.3パーセントであることも、公知の事実である(前記「昭和六一年度・国民医療費」一四頁以下参照)。このことからも、健康保険等社会保険による診療が診療全体に占める割合が極めて大きいことが明らかであり、ほとんどの診療において、健康保険法の診療報酬体系が適用されていることを窺い知ることができる。

(五) 以上のとおり、一点単価を一〇円とし診療報酬点数表の点数にこれを乗じて診療報酬額を算定する健康保険法の診療報酬体系は、中央協議会の答申に基づくものであり、手続上、診療報酬に利害関係を有する各界の意見及び公益を十分に反映させ、その調和を図りつつ、公正妥当な診療報酬が定められているということができ、実際にも診療報酬体系が定められた昭和三三年からたびたび改定が行われ、現在では、ほとんどの診療報酬が健康保険法の診療報酬体系により算定されているという事実に照らせば、右診療報酬体系は、一般の診療報酬を算定する基準としても合理性を有するものであるということができる。

3(一) ところで、健康保険法に基づく保険診療にあっては、保険医療機関は、法律上、命令の定めるところにより療養の給付を担当するものとされ、厚生大臣は、当該命令として、保険医療機関及び保険医療養担当規則を定めており、保険医療機関が療養の給付として行った診療行為が法及び規則に適合した場合に、診療報酬債権が発生するのであって、診療の内容について法及び規則に基づく諸制約の存在することを前提とせざるを得ないのに対し、自由診療においては、医師が、診療当時の医療水準に従い、患者との間に個別的に締結される診療契約の趣旨に従った適切な診療を施す限り、診療報酬債権は発生し、医師としては、医療関係法令を遵守すべきほか診療行為を行う上で、特段の制約が存在しないのであって、保険診療と自由診療には右のような差異が存在するということができる。

しかしながら、自由診療において、その診療内容について特段の制約が存在しないことと、診療報酬についての合意がない場合の診療報酬額の決定とは自ら別個の問題であり、医師が、特段の制約を受けずに診療行為を行えるからといって、一方的意思表示により自由に診療報酬額を決定し得るものではなく、診療報酬額は、社会通念に従った合理的なものであることが必要である。突発的な事故により、患者が医療機関を選択する余地がないままに、救急車で医療機関に搬入されるという交通事故における特殊事情を勘案すれば、交通事故に対する診療については、一層、このことが要請されるというべきである。

(二)(1)  被告は、交通事故医療においては、医療体制や診療内容がそれ以外の医療と異ならざるを得ない特殊性があることから、健康保険利用率は件数の上で全国平均一五パーセント程度にすぎず、自由診療によるのが定着した取り扱いとなっていること、東京における自由診療の平均単価は健康保険診療の2.48倍であることから、自由診療における診療報酬を算定するに当たっては、健保基準に依拠することなく、一点単価を二五円以下とする限り相当な範囲内にあると主張する。

(2) なるほど、自動車保険料率算定会の統計によると、交通事故による傷害の診療において、社会保険を利用している比率は、昭和五七年には、平均で一四パーセント、国立を除く公的医療機関においては二六パーセント、私的医療機関においては、法人で一三パーセント、個人で一一パーセント(成立に争いのない乙第九号証(ジュリスト八三三号)五四頁参照)、昭和五九年には、平均で一五パーセント、公的医療機関においては二四パーセント、私的医療機関においては、病院で一五パーセント弱、診療所で一二パーセント(ジュリスト増刊総合特集四二号「自動車事故」一〇二頁参照)であることが明らかであり、また、前掲甲第一一四号証並びに証人渡邊富雄の証言によれば、昭和六〇年の渡辺教授の調査では、自由診療による診療報酬について、国公立病院の七九パーセントが健康保険と同じ一点一〇円で算定しているのに対し、私立病院の六七パーセントは一点二〇円で算定している結果となったことが認められる。

(3) しかしながら、交通事故による傷害に対する診療の多くが自由診療を選択しているという事実から、直ちに、保険診療においては診療内容につき法及び規則に基づく制約が存在するために、保険診療によっては交通事故による傷害に対して十分な診療を施すことができないとは速断しえない。証人渡邊富雄の証言によれば、渡辺教授は、現在では健康保険で施すことができない治療方法はなく、健康保険を適用して治療できない病気はない旨、医師が自由診療を選択しているのは、医学的な理由によるのではなく、経営上の判断に基づくものと考えていることが認められ、右の統計によっても、実際に平均で一四ないし一五パーセントの診療は社会保険を利用していること、公的医療機関に比較して私的医療機関において自由診療の割合が高いことは、右の見解を裏付けるものである。

また、自由診療による報酬額が、健康保険診療の場合に比較して高額となっている事実から、直ちに、交通事故による傷害に対する自由診療においては、報酬額に応じた合理的な診療内容についての差異が存在し、保険診療による場合には施しえない診療行為が行われているということもできない。自動車保険料率算定会の統計によると、自由診療の診療報酬額について、健康保険の点数に換算して、兵庫が2.55倍、東京が2.48倍であるのに対し、福島が1.69倍、沖縄が1.52倍であるという大きな地域較差が存在するとされているが(前掲甲第九号証五三頁第四表参照)、地域によって、診療報酬額に大きな較差が生ずるような具体的な治療行為上の差が存在するとは考えにくく、かえって治療行為の内容以外の要素により診療報酬額が決定されていることが窺われる。

(4)  むしろ、保険診療でも治療しうる傷害に対する診療報酬額が、保険診療でなく自由診療によるという形をとることのみによって高額化するのは、合理性を欠くものというべきであり、保険診療の場合と自由診療の場合の診療報酬額を異にすべきことを根拠付けるには、診療行為の内容の違い等その実質的差異を合理的に説明しうる事情が必要であるといわなければならない。

そして、右のような差異についての合理的事情が存在するときには、その具体的な事情に応じて保険診療による報酬額に修正を加えることを認めることとするならば何ら不都合はなく、前記(2)の事実は、健康保険法の診療報酬体系が、一般の診療報酬を算定する基準としての合理性をも有するとの結論を左右するものではないといって差し支えない。

(三) 以上の各点を総合すれば、健康保険法の診療報酬体系には、一般の診療報酬を算定する基準としての合理性も存するのであって、自由診療における診療報酬についての合意を欠く場合の診療報酬額についても、健康保険法の診療報酬体系を基準とし、かつ、ほかにこれを修正すべき合理的な事情が認められる場合には、当該事情を考慮し、右基準にそれらに即応した修正を加えて、相当な診療報酬額を決定するのが相当というべきである。

また、当該診療行為が独自の先進的療法である等の理由により、健康保険法の診療報酬体系を基準とするのが相当でない場合には、諸般の事情を斟酌して、社会通念上合理的な診療報酬額を決定すべきであるが、この場合にも、健康保険法の診療報酬体系全体との均衡について配慮することが必要であろう。

(四)  なお、本件では、診療報酬点数表を基準とし、それに一点単価を乗じて診療報酬を算定することには争いはなく、専ら、右の乗ずべき一点単価の額を争うものである。したがって、以下においては、診療報酬点数表自体には修正を加えることなく、診療報酬を算定する上で相当な一点単価について判断し、これにより本件における相当な診療報酬額を決定することとする。

4(一)  ところで、日本医師会は、昭和四四年一〇月に公表した「自賠法関係診療に関する意見」(原本の存在及び成立に争いのない乙第一二号証)の中で、「自賠法には交通事故の特殊性を認め、災害医学の本旨にそって治療基準を設けるべきではない。積極的な治療が早期に行われるべきである。」と主張し、交通事故の特殊性として次の点を挙げる。すなわち「交通事故は一般の外傷や労働災害とも違って、独自の特殊性をもつものであることを認識することが第一条件である。即ち多くの場合突発かつ重症複雑多様な症状を呈し、一刻の油断も許されない頻死の症例に遭遇する。近年、自動車の高速化に伴い、重症例の激増並びにその後遺障害の多様化が甚だしい現実を直視し、即刻、重点的かつ集中的に適切な治療行為を施し、なお将来の合併症、偶発症状をも考慮しつつ、後遺症状の予防のためには特に全力を挙げて新しい医学医術の進歩に即応し、機能回復、社会復帰を含めて高度の救急措置を実施するのが常である。引き続き収容後も、周到なる医療監視、医学的管理並びに看護を必要とするものである。即ち、一般外傷の健保診療の如く基準によって画一的、均一的なものでは救われない。加えて周到綿密な検査、進歩した麻酔管理、更に各種医療職種に連なる多くの専門医療技術者の参加が大切であり、重点的な看護体制(例えばICU等)や新開発の高価薬剤使用等も不可欠の条件となる場合が少なくない。路上の交通外傷がいかにミゼラブルであり、いかに緊急救命の医療が要求されるかについての認識を新たにするならば、「健保」や「労災」と異なる新しい観点からの診療料金設定が当然の急務である。更に救急病院等においては、常に臨機随時の応急体制の保持を必要とし、特に人員、設備機械、薬品資材等に留意しなければならない。例えば、(1) 人員としては、①医師、看護婦等医療従業員の昼夜をわかたない待機及び拘束並びにこれに伴う人件費の上昇、②麻酔医、脳外科医等との契約料及び参稼報酬、③医師及び看護婦に対する救急医療受講及び研修費、(2) 器械及び設備としては、①救急治療室、②観察(監視)室等の設置、③救急用空床の確保、④人工蘇生器、閉鎖循環麻酔器、超音波診断装置、酸素テント、その他脳波計、筋電計等、総て高価な器械設備を必要とするが、これらは機能の改善、装置の改良転換が早く、短期間の減価償却に見合うことを考慮に入れ適正な検査及び処置料金を要求すべきである。(3) 緊急薬品及び資材については、相当量の常時保有を必要とする。(4) その他傷害患者の搬入による院内外の汚染、重症患者の汚物の処理等に特に配慮を要求されている。」と。

(二)  ところで、アメリカ医学協会及び自動車技術協会は、傷害診断名から比較的容易に傷害を大きく分類し、自動車事故傷害の簡易傷害度(AIS)を発表している。その概要は、傷害度を六段階に分けて、傷害のなかったものを「AIS0」、傷害が軽易で特にその傷害のため特別な対策の必要のないものを「AIS1」(むち打症のうち頸椎捻挫はこれに含まれる。)、傷害は生命にはかかわりがないがある程度十分な診療を必要とするものを「AIS2」、生命の危険は少ないが、傷害そのものは十分な診療を必要とし人体各部位への傷害の著しいものを「AIS3」、そして「AIS4、5」は、傷害によって生命の危険があり、そのうち4は、それにもかかわらず、現在の医学の力によってそれに適切な治療がなされるならば救命の可能性の著しく高いもの、5は、それでもいまだ救命の可能性の不定なもの、「AIS6」は、傷害そのものが医学の範囲を超えて救命の見込みのほとんどないものとするものである(日本交通科学協議会救急医療体制部会「自動車事故の傷害に関する調査研究の概要」二頁参照)。AIS1及び2の症例が、日本医師会の見解が挙げるような「突発かつ重症複雑多様な症状を呈する瀕死の症例」ではなく、「重点的かつ集中的に高度の医療行為を施し、周到なる監視体制を必要」とするものでないことは、右のAIS1及び2の区分に照らし明らかであるところ、昭和五九年度の統計によれば、交通事故傷害者の簡易傷害度(AIS)別発生率ではAIS1が77.4パーセント、AIS2が13.8パーセントであり、AIS3以上はわずかに4.7パーセント、その他が4.1パーセントであり(前掲ジュリスト増刊総合特集四二号「自動車事故」一〇三頁参照)、昭和六一年度の統計によっても、AIS1が77.2パーセント、AIS2が14.0パーセント、AIS3以上はわずかに4.8パーセント、その他が4.1パーセントである(救急医療と交通事故医療費−昭和六一年度文部省科学研究費交通災害の抑止と補償に関する研究第二班報告書−一二九頁参照)。以上によれば、日本医師会の見解は、交通事故の被害者の大半には該当しない事実に基づくものであるといわざるをえない。

また、消防庁発行「昭和六〇年版救急・救助の現況」(原本の存在及び成立に争いのない甲第四八号証)によると、救急出場件数及び搬送人数を事故種別ごとにみると、いずれも第一位が急病、第二位が交通事故で、以下、一般負傷、労働災害、加害の順となっていること、全国救急出場件数中急病による出場件数は、昭和五六年が48.9パーセント、同五七年が47.9パーセントであるのに対し、交通事故による出場件数は、昭和五六年が21.1パーセント、同五七年が22.5パーセントにすぎないこと、昭和五九年中の搬送人員のうち、救急告示医療機関へ搬送されたのが72.8パーセント、その他の医療機関へ搬送されたのが27.2パーセントであることが認められる。確かに、救急病院においては、臨機随時の応急体制の保持を必要とし、特に人員、設備機械・薬品資材等に留意する必要があり、その経費は、一般診療を行う医療機関と比較し割高になるといわれている。しかしながら、右の統計によれば全体の四分の三以上を占める急病その他の救急患者は、通常、保険診療を受け、健康保険と同程度の診療報酬を負担すれば足りるのであり(労災医療については、健康保険法と異なり、労働者災害補償保険法上診療内容や算定方法について具体的な規定はなく、自由診療とされているが、それでもその診療報酬額は、労働省の定めた労災診療費算定基準によって健康保険の診療報酬基準の1.2倍までとされている。)、これに対し、全体の四分の一弱にすぎない交通事故による救急患者が、健康保険と異なる高額な診療報酬の請求を受け、救急患者全体のための救急医療体制の費用を負担しなければならないとすれば、それは著しく合理性に欠けるといわなければならない。救急医療の採算性の問題は、交通事故による受傷者の診療報酬のみによって解決されるべき筋合のものではないというべきである。

また、救急告示医療機関のみが救急患者を扱っているのではないことも、右の統計から明らかである。

(三) さらに、本件においては、前記六1及び七1の認定のとおり、軽部の傷害は、脳震盪、軽度のむち打症、胸部打撲、側頭部皮切創で、織田の傷害は、軽度のむち打症、右上下肢打撲症で、決して複雑多様な症状を呈する重症例ではなく、これらに対する治療の必要についても、前記六、七記載のとおりである。したがって、両名の傷害については、高度の救急措置、麻酔管理、専門医療技術者の参加、重点的看護体制、高価薬剤の使用のいずれの必要もなく、一般の外傷と何ら異なるところがない。

(四)  また、被告病院の診療体制の点からみても、救急病院等の特殊性の主張が妥当するものではない。

被告本人尋問の結果によれば、昭和五六年は、被告病院の入院患者は三七名ないし三八名であったにもかかわらず、被告病院における常駐の医師は被告のみで、その他は東京医科歯科大学の医局からアルバイトで毎日一名来院する非常勤の医師(週五日は内科の医師、週一日は外科の医師)であり、医師二名が勤務する体制であったこと、被告のほかはほとんど内科の医師が交通事故の受傷患者の診療に当たっていたこと、投薬は、被告が指示していたことが認められ、証人市田ユウの証言によれば、被告病院は二病棟から構成されているが、看護婦は一病棟当たり二人が勤務する体制であったこと、看護婦のうち正看護婦は市田ユウのみで、ほかは准看護婦が一四名であったこと、被告病院では、看護婦は月に四日程度二四時間連続して勤務することがあることが認められる。むしろ、医療法二一条一項、同法施行規則一九条一項によれば、医療法一条一項に規定する病院は、入院患者約一六、七名に一名の常勤医師、入院患者約四名に一名の看護婦を有することが開設の条件とされているのであり、右の事実によれば、被告病院は、このような診療体制からみても、健康保険法の診療報酬体系に対する修正を要するような特殊性を有するものであるということはできない。

(五)  以上によれば、日本医師会の前記見解が挙げる交通事故の特殊性に副う事情は、本件においては見出し得ないものといわなければならない。

5(一) 他方、健康保険法の診療報酬体系は、医師の有する専門的技術を画一的に評価したものであるから、自由診療の診療報酬を決定するに当たっては、当該診療行為が、医師の独自の先進的な理論に基づきあるいは個人的な特殊技能を発揮して施されたものであるときは、これを個別的に評価して、健康保険法の診療報酬体系に対して修正を加えるのが合理的である。

この点に関し、被告本人尋問の結果中には、自分の腕に自信をもっていたので技術料として一点単価三〇円を打ち出したとする供述部分がある。

(二)  そこで、まず被告の診療実態について検討する。

〈証拠〉によれば、昭和五六年度における被告の一件当たりの平均診療費は、八四万七八四〇円であるが、全国の一件当たりの平均診療費が二三万〇五四五円で、東京都の一件当たりの平均診療費が一七万七二六七円であるのに対し、著しく高額であり、東京都で最も高額であったことが認められる。

〈証拠〉によれば、その結果、自動車保険料率算定会上野調査事務所長木田昌平(以下「木田」という。)は、被告に対し、医療費の適正化を申し入れたことが認められ、〈証拠〉によれば、東京都医師会も、昭和六二年八月一九日、被告に対し、濃厚過剰診療について改善を勧告したことが認められる。

このように被告の診療費が高額となる理由について、前掲甲第一八号証によれば、木田は、昭和五六年四月頃から同五七年七月頃までの間に被告の診療を受けた二九名の入院患者に対する診療内容を分析して、①入院期間中退院の日まで毎日(平均四一日)点滴注射が行われていること、②マンニトール、サクシゾン、コアキシン及びオーデスが長期間投与されていること等、入院時の診療費、特に注射料が高額であることに起因していると判断したことが認められる。

また、〈証拠〉によれば、自動車保険料率算定会は、昭和五七年度において被告の診療を受けた約四〇名の入院患者に対する診療内容を分析して、いずれも主たる傷病名が頭部外傷、むち打症であること、診療内容の傾向として、①一件平均四〇日という長期の入院をさせていること、②入院中毎日点滴を実施し、注射料が一件平均約一〇〇万円に上ること、③点滴中にマンニトール、オーデス、サクシゾン、コアキシン等の高額の薬剤を多用していること、④ほとんどすべて腰椎穿刺を施行して脳圧を測定し、診断書には脳圧が高いという記述が多いことを挙げ、結論として、頸椎捻挫、頭部外傷Ⅰ型程度の傷病名(AIS1)に対し、脳圧が高いことを理由に画一的な診療内容で、長期間の入院中毎日点滴し、脳圧降下剤、副腎皮質ホルモン、抗生物質等を大量投与していると判断していることが認められる。

更に、坪川証言によれば、坪川教授は、軽部及び織田に対する被告の診療内容を検討した結果、被告においては、検査・治療内容とも画一的で、いずれの治療内容も脳挫傷に対するそれであり、受傷の程度に差異がある交通事故の受傷患者につきすべて同じ内容、程度の疾患であるとの前提で治療に当たっているものと考えざるを得ないと判断している。

(三)  被告本人尋問の結果中には、このように診療費が高額になるのは、患者を早く治してやりたいという気持ちが強く、副作用が出ない限り、一番いい薬を点滴で確実にどんどん投与し、確実に早く治すために入院させることによるとする供述部分がある。しかしながら、前掲甲第五五号証によれば、薬剤の投与は、投与量、投与法、投与回数、生体内での吸収、代謝、排泄等を考慮して総合的に判断すべきもので、副作用が出ない限り、投与量を増やせばよいという単純なものではないこと、抗生物質についても、その薬効を発揮するには通常一日二回、血中濃度を最小発育阻止濃度の一〇倍以上に高める必要があり、菌の感受性や投与法によって投与量が異なること、薬効と副作用の各発現率が近接する薬剤では、薬効濃度ですでに高率に副作用を生じてくることが認められる。これらの事実に照らせば、高額な濃厚治療は患者のためであったとする前記供述部分は、にわかに採用し難いところである。

(四)  かえって、〈証拠〉によれば、被告は、被告病院において脳神経外科を標榜しているにもかかわらず、荒木千里による頭部外傷の分類法についての知識の欠如、頸椎の数の誤り、頸椎のレントゲン写真における上下の誤り、脳神経の数の誤り、頭部についてはデブリードマンは行い得ないという誤解等をしていることが認められる。更に、被告本人尋問の結果及び証人大野藤吾の証言によれば、髄液圧は、診療当時の医学水準においては、二〇〇ミリメートル水柱までは正常とされているのに、被告は、一五〇ミリメートル水柱が正常値でプラスマイナス二〇ミリメートル水柱が許容範囲であるとし、しかもこの知識に基づいて軽部の髄液圧が一九〇ミリメートル水柱であったことから脳圧亢進が発生していると判断し、これを月余に亘るマンニトール、サクシゾン等の高価な薬剤の連日の投与の根拠としていることが認められる。

(五) 以上の事実並びに前記六1、2及び七1、2、5の各事実を合わせ考えれば、被告の診療は、前認定のとおり、その内容において、診療当時の医療水準を逸脱する過剰な部分を含む診療であるといわざるをえないのであって、それが独自の先進的な理論に基づいた患者の早期回復を目的とする善意に発したものであるとは認め難いのみならず、高額な注射薬を大量に投与して、長期に入院させるという画一的な診療をしている点からすれば、利益本位の立場から施されたものといわざるをえない。

6(一) 更に、薬剤料については、薬剤料と別に調剤料、処方料、調剤技術基本料及び注射料という投薬及び注射にかかる報酬を請求する以上、使用した薬剤の費用として、薬剤の購入価格を超える金額を認める合理性に乏しいといわなければならない。

(二)  この点、健康保険法の診療報酬体系では、前掲診療報酬点数表(乙表)において、投薬及び注射に関し、「薬剤料は、使用薬剤の購入価格が一五円以下である場合は一点とし、一五円を超える場合は一〇円又はその端数を増すごとに一点を加算する。使用薬剤の購入価格は、別に厚生大臣が定める。」と定められ、右厚生大臣の定めとして、「使用薬剤の購入価格(薬価基準)」と題する厚生省告示がある。

〈証拠〉によれば、右薬価基準について、中央協議会は、昭和五七年九月一八日に、厚生大臣に対し、答申書を提出したが、この中で、中央協議会は、医薬品については、現在の薬価基準制度の下において、薬価基準と極端に乖離した価格での販売・購入、価格の大幅なばらつき等その流通、販売に相当混乱が見られ、その改善が薬価問題の適正化を図るうえで不可欠である旨、現行の九〇パーセントバルクライン方式には、販売面での対応が行われ易く、価格がばらつく傾向をもつという欠点があるため、この点は是正するとともに、医薬品の市場状況に応じた算定方式とする必要がある旨、実勢価格を薬価基準に迅速に反映させるため、薬価基準の改定は毎年一回行うこととし、薬価基準と実勢価格との乖離の大きい品目、分野を中心に改定を行い、また、薬価基準全体の見直しを少なくとも三年に一回行うことが必要である旨述べていることが認められる。

国民医療費の統計によると、実際、薬価基準は、昭和五三年二月一日に5.8パーセント引き下げられた後、三年余り据え置かれたが、同五六年六月一日に平均18.6パーセントと大幅に引き下げられ、更に、その後も、同五八年一月一日に平均4.9パーセント、同五九年三月一日に平均16.6パーセント、同六〇年三月一日に平均6.0パーセント、同六一年四月一日に平均5.1パーセント、同六三年四月一日に平均10.2パーセントの引き下げがなされていることが明らかである(前掲「昭和六一年度・国民医療費」七二頁参照)。

また、昭和六三年五月二四日付読売新聞夕刊(甲第七二号証)、同年六月三日付同新聞夕刊(甲第七一号証)でも、昭和六三年四月の薬価基準改定にもかかわらず、一部の医薬品の実勢価格は、薬価基準を大幅に下回ると報じられているところである。

以上の事実から明らかなように、従来、かなりの医薬品の実勢価格が薬価基準を下回っていることは、すでに公知の事実といってよい。

(三) もっとも、使用した薬剤の中に実際の購入価格が薬価基準を上回るものがある場合には、薬価基準でなく実際の購入価格を請求できることはいうまでもないが、本件においては、かかる主張立証はない。

したがって、本件においては、健康保険法の診療報酬体系による金額で薬剤の購入価格を賄いうるということができ、薬剤料としては、健康保険法の診療報酬体系によるものを認めれば足りる。

7(一)  ところで、社会保険診療報酬に対する課税については、租税特別措置法二六条、六七条の規定に基づき、所得税法の規定にかかわらず、保険収入額に応じた一定比率に相当する額が、当該社会保険診療に係る費用として必要経費ないし損金に算入される結果、その一部が課税対象から控除され、かつ、地方税法七二条の一四、一七の規定に基づいて事業税についても全額が課税対象から除外されることとされている。

これに対し、労災診療報酬については、このような課税上の特別措置の適用が認められないために、課税対象額に不均衡が生じることから、労働省の定める労災診療費算定基準では、労働者災害補償保険法の規定による療養の給付に要する診療費の算定は、健康保険の診療報酬点数表の点数に労災診療単価を乗じて行うこととし、その労災診療単価は、国、地方公共団体、健康保険組合及び健康保険組合連合会等が開設する医療機関などの非課税医療機関については一点当たり一一円五〇銭とされるのに対し、非課税医療機関以外の医療機関については一点当たり一二円とされている(成立に争いのない甲第七八号証参照)。右事実によれば、労災保険においては、診療報酬に対する課税を考慮して、非課税医療機関の診療報酬単価に一点当たり五〇銭を加算して課税を受ける医療機関の診療報酬単価を決定していることが認められる。

(二) 自由診療にかかる診療報酬についても、社会保険診療のような税法上の特別措置の適用が認められないので、健康保険法の診療報酬体系になんらの修正を加えないまま、診療報酬を決定するとすれば、社会保険診療の場合に比しかえって課税後の収入が下回るという結果を招くこととなる。健康保険法の診療報酬体系も、税法上の特別措置を前提として策定されていることは見易いところであるから、健康保険法の診療報酬体系を基準として自由診療の診療報酬額を決定するには、税法上の特別措置が適用されないことを考慮するのが相当といえよう。

しかしながら、社会保険診療報酬に対する特別措置の内容が、前認定のとおり、保険収入額に応じて変化し、所得税及び事業税の税率も所得に応じて変化するため、課税後に社会保険診療の場合と同額となる診療報酬額を厳密に決定することは、保険収入の総額、所得の総額等をも確定する必要も生じ、著しく困難であるといわざるをえない。

(三) そこで、労災診療費算定基準において、診療報酬に対する課税を考慮する分として一点当たり五〇銭を加算する措置が採られていることにかんがみ、本件においても、一点当たり五〇銭を加算することとするのが相当である。けだし、本件においては、証拠上、他に代わるべき単価を見出すことはできず、税法上の特別措置が適用されないことに関する考慮としては、右の限りにおいて、健康保険法の診療報酬体系に修正を加えることにすれば足りるものと解されるからである。

けだし、薬剤料は、そもそも診療に係る費用として必要経費ないし損金に算入され、課税対象から控除されるべきものであって、税法上の特別措置の有無が問題となる性質のものではないから、薬剤料については、右の修正を加えるのは相当でない。

8  社会保険診療については、社会保険診療報酬支払基金から診療報酬の支払を受けるため、診療報酬債務の不履行の危険がないのに対し、自由診療については、原則として患者個人から支払を受けることから不履行の危険があり、診療報酬を決定するに当たってはこの危険性を考慮する必要があるとする見解がある。

確かに、実際的見地から、右のような診療報酬債務の不履行の危険性を考慮することの合理性は否定し難い。しかしながら、交通事故の被害者に対する診療報酬債権については、自動車損害賠償責任保険の保険金額の範囲内では支払は確実であるといえるし、保険金額を超える部分については、不履行の危険性を考慮しようとしても、本件においては、一点当たり加算すべき金額を認定するについて適確な証拠がなく、右の危険性を考慮した健康保険法の診療報酬体系に対する修正はなしえないというほかない。

9 以上のとおりであるから、結局、本件においては、薬剤料については一点単価を一〇円、その余の部分についてはこれを一〇円五〇銭として診療報酬を算定するのが相当というべきである。

一〇抗弁7(治療費に関する和解契約)について判断する。

被告は、原告富士と被告との間において、軽部に対する診療報酬を二六六万四六九〇円とする和解契約を締結した旨主張する。しかしながら、診療報酬の額についての和解契約を締結すべき当事者は、診療契約の当事者である医師と患者であるから、原告富士が軽部から診療報酬の額の決定についての代理権を授与されていた等の事情の存しない限り、第三者である原告富士が被告と和解契約を締結したとしても、軽部に対する診療報酬についての和解契約としてその効力を生ずるに由ないものというべきである。そして、かかる事情についての被告の主張立証はない。

また、仮に、右主張が原被告間の不当利得返還請求についての和解契約が成立した趣旨の主張を含むものであるとしても、被告本人尋問の結果中には、右主張事実に副うかのような供述部分があるものの、これをもって右事実を認めるには足りず、他に右事実を認めるに足りる適確な証拠はない。

したがって、その余について判断するまでもなく、抗弁7は理由がないことに帰する。

一一抗弁8(現存利得)について判断する。

被告は、投薬・検査のための費用は、利得から控除されるべきであると主張する。

ところで、診療報酬のうち、投薬・検査のための費用は、診療契約において、費用償還請求権としての性質を持つものであるところ、善良なる管理者の注意義務に違反して施された診療契約の趣旨に沿わない診療行為については、いかに投薬・検査のための費用を投じようと費用償還請求権は発生しないのであって、その費用は、医師の負担に帰するというほかない。

なお、投薬・検査のための費用を利得から控除することを認めるとすれば、その部分についても診療報酬の支払を受けたのとなんら選ぶところのない結果となり、不当といわなければならない。

したがって、被告の主張は、採用することができない。

一二以上説示のとおりであって、これに基づき診療報酬額を算定すると、軽部が被告に対して負担すべきものは、別紙5及び6中当裁判所の判断欄記載のとおり六九万九二二〇円であり、織田が被告に対して負担すべきものは、別紙1ないし4中当裁判所の判断欄記載のとおり四〇万八六六四円である。したがって、原告らの被告に対する本訴請求のうち、不当利得返還請求権に基づき、原告富士につき前記支払額二六六万四六九〇円から右の六九万九二二〇円を控除した一九六万五四七〇円及び原告共栄につき前記支払額二三五万〇三四〇円から右の四〇万八六六四円を控除した一九四万一六七六円並びにこれらに対する履行の請求の日の翌日である昭和六三年一月一九日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による各遅延損害金の支払を求める部分は理由があるから認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言について民訴法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官加藤和夫 裁判官西謙二 裁判官鹿子木康)

別紙1の1織田久信

別紙1の2

織田久信 (56.3.26~56.4.29)

項目

被告の主張

原告が認める分

当裁判所の判断

金額

診療内容

金額

診療内容

金額

診療内容

1点

内服入院調剤料

内服入院調剤料

2,880

18回

8点

内服入院処方料

1,440

18回

8点

内服入院処方料

1,512

18回

8点

内服入院処方料

頓服

80

1回

4点

2.9点

ベンザリン 1T

1点

頓服入院調剤料

80

1回

4点

頓服入院処方料

注射料

999,980

460

注射料計

190,455

注射料計

静注(外来)

3,440

1回

172点

(注4)

0

400

1回

40点

(注5)

37.7点

ネオラミン3B10cc1A

ネオラミン 3B1A

1.9点

ビタミンC 100mg1A

ビタミンC 1A

5.6点

ATP 10mg1A

228.2点

オーデス 500mg1A

20点

静注手技料

210

1回

20点

静注手技料

皮下(入院)

600

1回

30点

300

1回

30点

16.1点

ホリゾン1A

ホリゾン1A

160

1回

16点

ホリゾン 1A

14点

皮下筋注手技料

皮下筋注手技料

147

1回

14点

皮下筋注手技料

320

1回

16点

160

1回

16点

2.2点

ネオフイリンM 1A

ネオフイリン 1A

20

1回

2点

ネオフイリン 1A

14点

皮下筋注手技料

皮下筋注手技料

147

1回

14点

皮下筋注手技料

(注4) 293点の計算上の誤りと思われる。

(注5) 37.7+1.9=39.6≒40

別紙1の3織田久信

別紙1の4

織田久信 (56.3.26~56.4.29)

項目

被告の主張

原告が認める分

当裁判所の判断

金額

診療内容

金額

診療内容

金額

診療内容

検査料

34,020

13,540

検査料計

17,860.5

検査料計

400

2回

10点

採血料

200

2回

10点

採血料

210

2回

10点

採血料

200

1回

10点

検尿一般

100

1回

10点

検尿一般

105

1回

10点

検尿一般

2,800

2回

70点

ルンバール

1,470

2回

70点

ルンバール

1,140

1回

57点

髄液検査

598.5

1回

57点

髄液検査

3,000

1回

150点

EKG(12)(心電図)

1,575

1回

150点

EKG

300

1回

15点

BSG(血沈)

150

1回

15点

BSG

157.5

1回

15点

BSG

2,140

1回

107点

血算

1,070

1回

107点

血算

1,123.5

1回

107点

血算

13,360

1回

668点

脳波

6,680

1回

668点

脳波

7,014

1回

668点

脳波

3,480

1回

174点

梅毒血清反応

1,740

1回

174点

梅毒血清反応

1,827

1回

174点

梅毒血清反応

7,200

1回

360点

血清検査

3,600

1回

360点

血清検査

3,780

1回

360点

血清検査

レントゲン料

28,420

12,870

レントゲン料計

14,920.5

レントゲン料計

2,680

1回

134点

胸部X-P(注10)

1,340

1回

134点

胸部X-P

1,407

1回

134点

胸部X-P

2,680

1回

134点

腹部X-P

1,407

1回

134点

腹部X-P

4,060

1回

203点

頭部X-P

2,030

1回

203点

頭部X-P

2,131.5

1回

203点

頭部X-P

8,140

1回

407点

頚部X-P

4,070

1回

407点

頚部X-P

4,273.5

1回

407点

頚部X-P

3,160

1回

158点

右上腕X-P

1,580

1回

158点

右上腕X-P

1,659

1回

158点

右上腕X-P

4,300

1回

215点

骨盤X-P

2,150

1回

215点

骨盤X-P

2,257.5

1回

215点

骨盤X-P

3,400

1回

170点

右大腿部X-P

1,700

1回

170点

右大腿部X-P

1,785

1回

170点

右大腿部X-P

(注10) X−P:レントゲン写真

別紙1の5

織田久信 (56.3.26~56.4.29)

項目

被告の主張

原告が認める分

当裁判所の判断

金額

診療内容

金額

診療内容

金額

診療内容

入院料

414,360

54,390

入院料計

56,059.5

入院料計

68,000

34回

100点

室料

7,000

7回

100点

室料

7,350

7回

100点

室料

7,480

34回

11点

基準寝具加算

770

7回

11点

基準寝具加算

808.5

7回

11点

基準寝具加算

61,880

34回

91点

看護料

6,370

7回

91点

看護料

6,688.5

7回

91点

看護料

68,000

34回

100点

給食料

7,000

7回

100点

給食料

7,350

7回

100点

給食料

21,080

34回

31点

基準給食加算

2,170

7回

31点

基準給食加算

2,278.5

7回

31点

基準給食加算

40,320

14回

144点

医学管理料2週間以内

10,080

7回

144点

医学管理料

10,584

7回

144点

医学管理料

39,780

17回

117点

〃 2週間超1ケ月以内

5,820

3回

97点

〃 1ケ月超

102,000

34回

室料差額

21,000

7回

室料差額

21,000

7回

室料差額(注11)

その他

8,900

2,150

その他計

2,150

その他計

400

1回

体温計1本

400

1本

体温計1本

400

1本

体温計1本

8,500

34回

共同管理費

1,750

7回

共同管理費

1,750

7回

共同管理費

診断書料

4,000

2通

4,000

2通

診断書料

4,000

2通

診断書料

明細書料

1,000

1通

1,000

1通

明細書料

1,000

1通

明細書料

手術料

4,400

1回

220点

頚椎牽引(斜面牽引)

2,200

1回

220点

手術料

2,310

1回

220点

手術料

1,771,460

120,420

327,716.5

(注11) 室料差額が1日3000円であることは,原告富士と被告との間に争いがない。

別紙2

織田久信 (56.4.30~56.5.31)

項目

被告の主張

原告が認める分

当裁判所の判断

金額

診療内容

金額

診療内容

金額

診療内容

再診料

24,640

22回

56点

内科再診料

12,320

22回

56点

内科再診料

12,936

22回

56点

内科再診料

投薬料

91,220

10,610

投薬料計

10,636.5

投薬料計

内服

90,160

28回

161点

10,080

28回

36点

10,080

28回

36点

(注12)

6.17点

ヒデルギン 6T

5.7点

ボルタレン 3T

ボルタレン 3T

ボルタレン 3T

22.05点

セポール 250mg 3C

0.95点

ビオタミン 25mg 3T

ビオタミン 3T

ビオタミン 3T

8.84点

イサロン 1.8g

イサロン 1.8g

イサロン 1.8g

7.98点

ロイン細粒 1.5g

2.4点

メンドン 3C

2.9点

ベンザリン 1T

960

4回

12点

内服調剤処方料

480

4回

12点

内服調剤処方料

504

4回

12点

内服調剤処方料

100

1回

5点

調剤技術基本料

50

1回

5点

調剤技術基本料

52.5

1回

5点

調剤技術基本料

注射料

123,060

21回

293点

37.7点

ネオラミン3B20cc1A

1.9点

ビタミンC 100mg 1A

5.6点

ATP 10mg 1A

228.2点

オーデス 500mg 1A

20点

静注手技料

診断書料

3,000

1通

3,000

1通

診断書料

3,000

1通

診断書料

明細書料

2,000

1通

2,000

1通

明細書料

2,000

1通

明細書料

243,920

27,930

28,572.5

(注12) 5.7×3+0.95×3+8.84×1.8=35.862≒36

別紙3の1

織田久信 (56.6.1~56.6.30)

項目

被告の主張

原告が認める分

当裁判所の判断

金額

診療内容

金額

診療内容

金額

診療内容

再診料

28,800

24回

60点

内科再診料

14,400

24回

60点

内科再診料

15,120

24回

60点

内科再診料

投薬料

72,180

9,210

投薬料計

9,236.5

投薬料計

内服

60,480

28回

108点

8,680

28回

31点

8,680

28回

31点

(注13)

5.47点

ヒデルギン 6T

5点

ボルタレン 3T

ボルタレン 3T

ボルタレン 3T

14.7点

セポール 250mg 3C

0.7点

ビオタミン 25mg 3T

ビオタミン 3T

ビオタミン 3T

7.5点

イサロン 1.8g

イサロン 1.8g

イサロン 1.8g

5,600

28回

10点

6.38点

ロイン細粒 1.5g

5,040

28回

9点

2.2点

メンドン 3C

2点

ベンザリン 1T

960

4回

12点

内服調剤処方料

480

4回

12点

内服調剤処方料

504

4回

12点

内服調剤処方料

100

1回

5点

調剤技術基本料

50

1回

5点

調剤技術基本料

52.5

1回

5点

調剤技術基本料

注射料

91,680

24回

191点

32点

ネオラミン3B20cc1A

3.3点

ビタミンC 100mg 1A

4.5点

ATP 10mg 1A

131.1点

オーデス 500mg 1A

20点

静注手技料

(注13) 5×3+0.7×3+7.5×1.8=30.6≒31

別紙3の2

織田久信 (56.6.1~56.6.30)

項目

被告の主張

原告が認める分

当裁判所の判断

金額

診療内容

金額

診療内容

金額

診療内容

診断書料

3,000

1通

3,000

1通

診断書料

3,000

1通

診断書料

明細書料

2,000

1通

2,000

1通

明細書料

2,000

1通

明細書料

197,660

28,610

29,356.5

別紙4の1

織田久信 (56.7.1~56.7.21)

項目

被告の主張

原告が認める分

当裁判所の判断

金額

診療内容

金額

診療内容

金額

診療内容

再診料

18,000

15回

60点

内科再診料

9,000

15回

60点

内科再診料

9,450

15回

60点

内科再診料

休日再診料

3,000

1回

150点

休日加算

1,500

1回

150点

休日加算

1,575

1回

150点

休日加算

投薬料

54,260

6,970

投薬料計

6,993

投薬料計

内服

45,360

21回

108点

6,510

21回

31点

6,510

21回

31点

(注14)

5.47点

ヒデルギン6T

5点

ボルタレン3T

ボルタレン3T

ボルタレン3T

14.7点

セボール250mg3C

0.7点

ビオタミン25mg3T

ビオタミン3T

ビオタミン3T

7.5点

イサロン1.8g

イサロン1.8g

イサロン1.8g

4,200

21回

10点

6.38点

ロイン細粒1.5g

3,780

21回

9点

2.2点

メンドン3C

2.35点

ベンザリン1T

720

3回

12点

内服調剤処方料

360

3回

12点

内服調剤処方料

378

3回

12点

内服調剤処方料

200

1回

10点

調剤技術基本料

100

1回

10点

調剤技術基本料

105

1回

10点

調剤技術基本料

注射料

57,300

15回

191点

32点

ネオラミン3B20cc1A

3.3点

ビタミンC100mg1A

4.5点

ATP10mg1A

131.1点

オーデス500mg1A

2点

静注手技料

(注14)(注13)と同じ。

別紙4の2

織田久信 (56.7.1~56.7.21)

項目

被告の主張

原告が認める分

当裁判所の判断

金額

診療内容

金額

診療内容

金額

診療内容

診断書料

3,000

1通

3,000

1通

診断書料

3,000

1通

診断書料

明細書料

2,000

1通

2,000

1通

明細書料

2,000

1通

明細書料

137,560

22,470

23,018

別紙5の1軽部忠志

別紙5の2軽部忠志

別紙5の3軽部忠志

別紙5の4軽部忠志

別紙5の5軽部忠志

別紙5の6

軽部忠志 (57.3.18~57.3.31)

項目

被告の主張

原告が認める分

当裁判所の判断

金額

診療内容

金額

診療内容

金額

診療内容

その他

5,970

5,970

その他計

5,970

その他計

3,500

14回

共同管理費

3,500

14回

共同管理費

3,500

14回

共同管理費

400

1回

ネット1ケ

400

1回

ネット1ケ

400

1回

ネット1ケ

400

1回

体温計1ケ

400

1回

体温計1ケ

400

1回

体温計1ケ

1,470

7回

翼状針1本

1,470

7回

翼状針1本

1,470

7回

翼状針1本

200

1回

マイクロポア1ケ

200

1回

マイクロポア1ケ

200

1回

マイクロポア1ケ

診断書料

3,000

1通

3,000

1通

診断書料

3,000

1通

診断書料

明細書料

2,000

1通

2,000

1通

明細書料

2,000

1通

明細書料

1,214,150

191,890

307,294.5

別紙6の1軽部忠志

別紙6の2

軽部忠志 (57.4.1~57.4.30)

項目

被告の主張

原告が認める分

当裁判所の判断

金額

診療内容

金額

診療内容

金額

診療内容

1点

入院内服調剤料

入院内服調剤料

頓服

60

1回

2点

20

1回

2点

1.45点

バラミン1T

バラミン1T

10

1回

1点

バラミン1T

1点

入院頓服調剤料

入院頓服調剤料

10.5

1回

1点

入院頓服調剤料

外用

3,600

3回

40点

1,200

3回

40点

0.38点

ハイシップS 100ml

ハイシップS 100ml

1,140

3回

38点

ハイシップS 100ml

2点

入院外用調剤料

入院外用調剤料

63

3回

2点

入院外用調剤料

処方料

2,400

10回

8点

入院内服処方料

800

10回

8点

入院内服処方料

840

10回

8点

入院内服処方料

360

3回

4点

入院外用処方料

120

3回

4点

入院外用処方料

126

3回

4点

入院外用処方料

120

1回

4点

入院頓服処方料

40

1回

4点

入院頓服処方料

42

1回

4点

入院頓服処方料

注射料

1,110,600

103,200

注射料計

104,625

注射料計

点滴

1,110,600

30回

1234点

103,200

30回

344点

81,000

30回

270点

(注25)

25.3点

5%G 250cc

5% G 250cc

5% G 250cc

130点

マンニトール500cc

4.9点

サブビタン5cc 1A

サブビタン 1A

サブビタン 1A

4.5点

ATP 10mg 1A

ATP 1A

ATP 1A

3.1点

アスコルチン 100mg1A

アスコルチン 1A

アスコルチン 1A

90点

チトレビー 15mg1A

チトレビー 1A

チトレビー 1A

131.1点

オーデス500mg 1A

オーデス 1A

オーデス 1A

300点

コアキシン2g 2A

160点

サクシゾン100mg 1B

11点

セット代

セット代

セット代

(注25) 25.3+4.9+4.5+3.1+90+131.1+11=269.9≒270

別紙6の3

軽部忠志 (57.4.1~57.4.30)

項目

被告の主張

原告が認める分

当裁判所の判断

金額

診療内容

金額

診療内容

金額

診療内容

75点

点滴手技料

点滴手技料

23,625

30回

75点

点滴手技料

処置料

97,800

0

1,260

処置料計

64,800

45回

48点

湿布処置

1,620

3回

18点

湿布処置

2,880

1回

96点

湿布処置

3,600

3回

40点

介達牽引

1,260

3回

40点

介達牽引

7,200

12回

20点

0.25点

パナパップL 80g

3,000

4回

25点

0.25点

パナパップL 100g

12,150

27回

15点

0.25点

パナパップL 60g

1,500

1回

50点

0.25点

パナパップL 200g

450

3回

5点

0.25点

パナパップL 20g

600

2回

10点

0.25点

パナパップL 40g

検査料

94,560

56,200

検査料計

57,159

検査料計

1,500

5回

10点

採血料

500

5回

10点

採血料

525

5回

10点

採血料

15,000

1回

500点

脳波

5,000

1回

500点

脳波

5,250

1回

500点

脳波

900

2回

15点

BSG(血沈)

300

2回

15点

BSG

315

2回

15点

BSG

3,600

2回

60点

CRP(注26)

1,200

2回

60点

CRP

1,260

2回

60点

CRP

12,600

1回

420点

HBE抗原

4,200

1回

420点

HBE抗原

4,410

1回

420点

HBE抗原

16,800

1回

560点

HBs抗原抗体

5,600

1回

560点

HBs抗原抗体

5,880

1回

560点

HBs抗原抗体

750

1回

25点

検尿一般

250

1回

25点

検尿一般

262.5

1回

25点

検尿一般

(注26) CRP:C反応性タンパク試験

別紙6の4軽部忠志

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